「ねぇ、どこまで行くの?」
ㅤ半ば小走りになりながら、私は問いかけた。彼女がこんなに早足だなんて、初めて知った気がする。
「いいからいいから」
ㅤ彼女は振り返ることなく、笑ってぐんぐん歩いていく。住宅街の細い路地を抜け、右に左に何度も曲がる。ここって私有地じゃないの?ㅤ大丈夫なのかな?
ㅤ街灯がまばらになって流石に少し不気味に思えて来た頃、ふと周りが明るくなった。目の前に開けた景色に私は歓声を上げる。
ㅤ花の甘い香りに包まれる。微かに水の流れる音がする。小さな川のせせらぎを覆うように、見事な桜が枝を張り出し咲き誇っていた。
「きれい……」
ㅤ私と彼女のあいだで、はらりと一枚花びらが舞う。
「でしょ?」
ㅤ彼女は自分の手柄のように胸を反らした。
「今日、悪かったね。付き合わせて」
ㅤ桜を見上げたまま、彼女がぽつりと言った。
「あんなメンツだって知ってたら誘わなかった。ごめん」
ㅤ私も桜を見ながら返事をした。
「ううん、逆に良かった」
ㅤそう言うと彼女が不思議そうな顔をする。
「だって、こんないい場所教えて貰えたからさ」
ㅤむしろラッキーかも、と笑うと、ポジティブだねえ、と彼女は私の髪に手を伸ばして桜の花びらを摘んだ。
ㅤこの景色を私は何度も思い出すことになる。彼女の指先と笑顔を、花の香りと共に。
『花の香りと共に』
3/16/2025, 3:02:42 PM