白糸馨月

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お題『私だけ』

 私には推している配信者がいた。最初、無名だったその配信者のリスナーは私だけだった。見つけたのは、とある配信アプリだった。その頃は特に推しがおらず、適当な配信中の枠に行って無言で聞くのが日課だった。彼はそのなかの一人だった。
 とてもいい声なんだけど、たどたどしく、がんばって話しているのを見て、なんだかはなれるのが申し訳なく、最初は一つの配信が終わるまでずっといて、彼の話し相手になってあげていた。
 それがだんだん心地よくなって、しばらくは私だけの推しになっていたが、ある時、彼が歌ってみたをYoutubeにあげてから徐々にリスナーが増えていった。歌をがんばっていることは配信でずっと言い続けていることだった。実際、彼の歌はとんでもなく上手かった。特に得意なのはピアノの演奏に合わせたエモを誘う曲だった。
 最初は、増えていくファンに感慨深いものを感じていだけど、彼のトーク力があがり、リスナーが増えていく。彼は私だけのモノじゃなくなっちゃったんだ。
 そうなってから、気がつくと彼の配信をあまり聞かなくなってしまった。今や彼はその配信アプリで必ずといっていいほど、現時点での視聴者数一位に躍り出るようになっている。
 また推しがいない生活に逆戻りかぁ。
 そう思っていると、スマホに通知が入った。彼からだ。
 実は、私は最初のリスナーだったのでXは相互フォローだし、人数が少ない時にオフイベに参加していたからLINEもつながっている。彼とのタイムラインは、ほぼオフイベントの宣伝ばかりだ。そのなかにいま来たLINEの通知は今までと毛色が違うものだった。

「ひさしぶり。最近、配信こないね。忙しいの?」

 と書いてあった。その瞬間、私は口角が自然と上がる。今やあれだけリスナーがいるというのに、この男は配信が始まるたびに私の名前を探していたということになる。

「ははぁーん、さてはさみしくなったかぁ、このワンコめ」

 私はスマホを手に取ると、「まぁね。それより最近、調子いいみたいじゃん」と返信した。そしたらまた彼からLINEがすぐ返ってきて、しばらく会話が続いた。
 最初の頃みたいに二人しかいない配信枠のことを思い出して、楽しくなった。

7/19/2024, 12:11:27 AM