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【旅路の果てに】



思えば、長い人生だった。

男は来た道を振り返り、独りごちる。


一番嬉しかったことは?

一番悲しかったことは?

そんな問いがいかに無粋で無意味であるか、男は今、身に沁みて感じている。


人生という旅路の中に、優劣や順位をつけられるものなど何もない。

全てが刹那的で、そのどれもが大切だった。

身に余るような幸福も、耐え難いような悲しみも。



終着点は近い。

その先にはもう、道はない。


ぼんやりと、人影が見える。


あぁ…ようやく、この旅も終わる時が来たのだ。





『久しぶり。待ちくたびれたよ』



少し呆れたように微笑むその笑顔は、あの日から少しも変わっていない。

ずっとここに存在して、今日の日を、待ち続けていたのだ。



『すまない、随分と待たせてしまった』



男は、皺の刻まれた目元を柔らかく細め、微笑んだ。

年月を刻み、頼りなく細くなった男の腕を支えるその指には、真新しい銀の指輪が光っている。



男の指に光る指輪もまた、かつては同じ輝きを放っていたのだろう。


年月は、その恐ろしい力で全てを変えてしまう。

人は老い、草木は枯れ、何もかも朽ちていく。


それでも変わらないものが確かにあることを、今、固く結ばれた二つの手が物語っている。



長い長い旅路の果て、変わらぬ想いだけが、ただ此処に在った。

2/1/2023, 9:53:11 AM