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4.『あたたかいね』『あの夢の続きを』『まだ見ぬ景色』


<読まなくてもいいあらすじ>

 五条英雄は探偵である。
 彼は、浮気調査やペットの捜索といった雑事をこなし、日銭を稼いでいる。
 刺激は無いが、楽しい人生を送っていた。

 そんなある日のこと、彼の助手が依頼を持って来る。
 内容は『知り合いのVチューバーが五条を取材したいと言っている』というもの。

 かなりイレギュラーな依頼に悩む五条だが、最終的に了承。
 Vチューバーの事は名前しか知らない五条だが、仕事がないため受けることにしたのだ。
 それに動画で紹介してもらえれば知名度が上がり、仕事が増えるかもしれないという下心もあった。
 少しだけ困惑を感じつつも、
 かくして五条は、人生で初めてVチューバーと邂逅するのであった

 彼らの命運や如何に。


 ◇  ◇  ◇



 俺の名前は、五条英雄。
 探偵だ。

 依頼があれば、法に触れない限り何でもする主義だ。
 と、偉そうなことを言っているが、基本的に雑用ばかりだ。
 ペット捜索、庭の草刈り、電灯の交換、ああトイレ掃除をやらされたこともある。
 まるで便利屋だ。

 けれど不満はあまりない。
 普通は出来ないような事も出来て、意外と楽しいからだ。
 けれどもう少し刺激が欲しい。
 近頃そんな事を思っている。

 そんな俺は、今回変わった依頼を受けた。
 雇っている助手の知り合いからの紹介だ。
 なんでもVチューバー<ステラ>とやらが、俺の仕事を取材したいというのである。

 自分で言うのも何だが、別に俺は有名な探偵というわけではない。
 ただ依頼人と助手が知り合いであり、その繋がりで回ってきた仕事だ
 助手の紹介でなければ、話すら聞かなかっただろう。
 無名の俺に取材だなんて、胡散臭すぎるからな。
 ……言ってて悲しくなってきた。

 それは置いといて。
 この仕事を受けるに当たり
 取材の前に一度顔合わせをしようという話になり、近所のファミレスで会うことになったのだったのだが……


 ◇ ◇ ◇

「始めまして。
 今回依頼させていただいた琴吹と言います。
 聞いているとは思いますが、Vチューバーでステラを演じています。
 今回、私の無茶なお願いを聞いてくださってありがとうございます」

 琴吹を名乗る老婦人が、上品に恭しく頭を下げる。
 まるでここが社交界の場かと錯覚してしまうほど綺麗なお辞儀。
 さらに所作には一つ一つ気品があり、いいところのお嬢様であることは間違いない。
 こんな機会でもなければ会う事は無かったであろう人種である。

 さらに、かなり年を召しているはずなのに、全くそれを感じさせない。
 それどころか、その辺にいる若者よりエネルギーに満ちている。
 『老いてますます盛ん』を体現したような人物だ。
 歳を取ってもこうありたいと思わせる人である

 その一方で俺は困惑もしていた。
 初めて会うタイプの人間で、どう接すればいいか分からないのだ。
 俺は気迫に飲まれまいと、なんとか言葉を絞り出す

「は、はい。
 俺の名前は五条です。
 探偵をしています。
 よろしくお願いします」

 あまりの気高いオーラに気後れしてしまい、若干どもってしまう。
 くっ、今までにないタイプの依頼人との遭遇にどうしたらいいか分からない。
 アタフタしている俺を見て、助手が横でニヤニヤしているのが見える。
 こんなはずでは……

「あれー、先生。
 もしかして緊張してます?
 まったく美人には弱いんだから」

 ケラケラ楽しそうに笑う助手。
 普段ハードボイルドぶっている俺が慌てる様子はさぞ面白いだろう。
 通りで助手が、依頼人の詳しい話をしないわけだよ。
 あとで覚えてろ。

 あと、勝手に男だと思っていたのもある。
 前もってステラの動画を見たのだが、根拠なく男性だと決めつけていた。
 こういった人を疑う仕事をしているからだろうか。
 先入観って怖いな。

 まあ、それよりも気になる事はあるのだが。
 それはともかく。

「では、えー話をする前に聞きたいことがあるのですが……」
「ふふふ、当ててみようかしら。
 それは、私みたいなお婆ちゃんがVチューバーしているのが不思議なんでしょう?」
「はい、その通りです」
「そうね。
 それから話そうかしら。
 この子もVチューバーの事を言ったら、とても驚いていたもの」

 そう言って、チラッと助手を見る。
 肝心の助手は、いつの間にか頼んでいたメロンソーダを幸せそうに飲んでいた。
 見られていることに気付いた助手は、キョトンと首を傾げる
 こいつ、話聞いてなかったな。
 
「私、若い頃は女優になりたかったの」
 突然、告白をする琴吹さん。
 何の話かと思ったが、多分Vチューバーの話だ。

「でもその頃は、戦争の直後でなにも無い頃でね。
 誰もが生きるのだけでも必死な時代だったわ
 だからワガママを言えはずもなく、家計を助けるために仕事に出て、女優の夢を諦めたの」
 琴吹さんは昔を懐かしむように話す。
 結構お年を召しているとは思っていたが、想像より上だった。
 戦後の話をされても、若い俺には想像もできない。
 俺や助手の様に、好き勝手出来るのはきっと幸せなことなのだろう。
 琴吹さんの話はまだまだ続く。

「その後、いい人に巡り合えてね。
 彼は貿易会社の幹部だったわ。
 一緒に世界中を回って、いろんな世界を回ったわ。
 そして子を産み孫も生まれ、今はひ孫もいるわ」

 そう言って、琴吹さんは助手を見る。
 なるほど、『知り合い』と聞いていたが親族か。
 言われてみればどことなく雰囲気は似ている。
 中身は似ても似つかないが。

「幸せな人生だったわ。
 けれど私の心の中にくすぶっていたものがあった。
 でも死ぬまでくすぶるんだろうと、諦めていたの。

 でも5年前だったかしら。
 その子にVチューバーの動画を見せてもらったの。
 衝撃だったわ。
 ネットという舞台で、自分の理想を演じているの。
 性別もなく、年齢も関係なく、いろんな人が
 そのとき思ったの。
 『若い頃の夢をもう一度、あの夢の続きを』ってね」

 Vチューバーなんて浮ついたものだと思っていたけど、酷い思い違いだ。
 少なくとも俺の目の前にいる琴吹さんは真剣だ。
 きっと俺が知らないだけで、ほかのVチューバーも切実な事情があるのだろう。
 やはり、先入観で物事を決めつけては駄目だな。
 反省せねば。

「という事で五条さん!」
「はい!」
 突然呼ばれ、言葉が裏返る
 急に何?
 俺の動揺に気づかず、琴吹さんは言葉を続ける。

「有名な探偵である五条さんとコラボしていただけるなんて、本当に光栄です」
 俺は琴吹さんの言葉に耳を疑う。
 有名?
 誰が?

 俺は『何のことだ?』と助手に視線を送る。
 すると、気まずそうに目線を逸らす助手。
 「ペットの捜索では有名だし」と言い訳がましく呟いているのが聞こえた
 あ、こいつ琴吹さんに見栄を張ったな?
 多分喜んでもらえたくて、事実を脚色したと見える

「そして五条さんは今の境遇に満足せず、さらに上を目指していると聞いています。
 私もやるからには頂点を目指したいと思ってます!
 一緒にまだ見ぬ景色を見に行きましょう!」

 琴吹さんは、俺の前に手を差し出す。
 きっと俺からの握手を待っているのだろう。
 俺は琴吹さんの手を見ながら、頭をフル回転させる。

 これ、想像以上に面倒くさい事になっているよな。
 助手がどこまで話を盛っているかは分からないが、少なくとも琴吹さんが思っているほど有名でないことは断言できる。
 もし、今ここで『俺は無名ですよ』と言ったら琴吹さんはどんな反応をするのだろうか……
 縁起でもない想像が頭を過る

「ええ、共に頑張りましょう!」
 俺は琴吹さんの手をがっしりと握る。
 全てを棚上げして、全力で乗っかることにした。

 それに今有名じゃないだけで、有名になる予定だし。
 上を目指すというのは、間違っていないし。
 うん、何も問題ない。
 俺は琴吹さんを騙せたことを確認した後、この面倒な状況を作った元凶に振り返る

「このコーヒー、ほどほどにあたたかいね。
 猫舌の先生でも飲めそうだよ?」

 いつの間にドリンクバーに行ったのか、両手にはコーヒーのカップを持っていた。
 どうやら俺にくれるらしい。
 ありがたく受け取ることにする。
 だが――

「助手、後で話がある」
 助手にだけ聞こえるように呟くと、助手はバツが悪そうな顔をするのだった

1/15/2025, 1:50:43 PM