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       「君と見た景色」


いつからだろう。

君のやさしさを疎ましく感じるようになったのは。

僕のために当然のように食事を作り、洗濯をし、家を清潔に保ってくれていた君と、
それを当然のように思っていた僕。


いつも君は笑顔だった。

僕が「残業だから遅くなる」と嘘をついて
会社の女の子と飲みに行った日も、パチンコに行って大金を失った日も、
「お帰りなさい。大変だったね」
と少し困った笑顔にえくぼを浮かべながら、君は騙されたふりをしてくれていたね。


「花は、枯れるのが悲しいから買わない」 

そう言っていた君が、いつもは通り過ぎるはずの花屋で足を止めて買ってきた「ルピナス」の鉢植え。

「どうしても、放っておけなくて」

君はそういって、まるでしおれかけの花のように下を向いていたっけ。

空に向かってまっすぐに茎を伸ばしたルピナスの鉢植えがたくさんあったのに、
途中で諦めたように拗ねたように
横向きに背を曲げてしまったルピナスを、
君はわざわざ選んで買ってきたね。


そんな根性の曲がったルピナスも、時がきて小さなピンク色の花をたくさんつけた。

ルピナスの花が風に揺れる度に

「花が散って庭でゴミになる」

と思っていた僕と違って

「きれいだね」と繰り返していた君。



僕と君とは、常に違う景色を見ていたように思う。


「別れましょう」と言ったのは君からだった。

僕に異存はなかった。

そして、
1人になった僕は自分のために食事を作り、洗濯をし、家を清潔に保とうと努力した。

簡単にできると思っていた。

そして、それは少しずつおろそかになり、
家の中のルールは、君が去って
あっという間に破綻した。


荒れ果てた家の中で、疲れ果てた僕がふと目をとめたのは、こぼれ種で増えた庭のルピナスの花々だった。


「きれいだな」

僕は思わず呟いた。


僕は、やっと、
やっと君と同じ景色を見ることができたような気がしてハッとしていた。

3/21/2025, 2:20:04 PM