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冬のはじまり

ふと、思い立ってベランダへ出た。
ストーブの温かい空気間から一変、外の冷たい風が身体に染みる。
はぁ、と口から息を出すと、白い蒸気になって夜の闇に溶けていった。
寒い。冷たい。もう冬なんだなぁと改めて感じる。

この間までぽかぽか陽気な日々だったのに、ほんの数日で気温が一気に下がったらしい。暑い暑いと唸っていた夏が遠い昔のように感じる。
いつの間にか季節が巡っている。
忙しなく働く社会に急かされて、気づいたら、もうこんなに経っていた、なんてよくある。もっとゆっくりいきたい。そんなに急いで一体どこに向かっているのか。

長めのため息を吐いて顔を上げた。町の繁華街から離れたこの場所は、辺りに明かりがないぶん、夜空の星々がよく見えた。
他のところより少し高台になっているのもある。
街の光はギラギラしていて眩しすぎる。みな主張が激しい。色とりどりのネオンやイルミネーションも綺麗だけど、人工的で冷たかった。
「私を見て!」と言わんばかりの光より、夜の空にひっそりと輝く星や月の方が好きだ。小さくても、見えなくても、確かにそこに存在している。自然はささやかな温かさで心を包んでくれる。
目の前のことに追われて急かされて、下ばかり見ていては美しいものは見えないから、空を眺める余裕くらいはいつも持っておきたい。

部屋に戻ると、ラックからコートを取り出した。
今年新調したベージュのロングコート。足元まですっぽりとカバーしてくれるから寒さ対策にもなる。
それに、SNSや街で見かける女の子たちの、華麗にコートの裾を靡かせて歩く姿が大人っぽくて可愛くて、あんな風になりたいと願ったものだったから。
少し背伸びしたロングコートの自分。まだコートに着せられてる感があるけど、きっとあの人たちみたいに着こなせるようになれる。鏡の自分にそう言い聞かせた。

夜の街は静かだ。
余計な音がない。夜も深まって人々は眠りにつき始めている中、出歩いていることに変な緊張を感じた。
夜だからって外に出ていけないなんてことはないけど、なんとなく、憚れるものがあった。夜中に出歩くのは危ないとか、変な人だも思われるとか、そういう類の話か。
長年言い聞かせられた言葉は心に染み付いて剥がれないものだけど、子どもの頃の話だ。今はもう自分で判断して行動できる。
思い込みの縛りから解放された夜の散歩が、もう日課になりつつあった。
風が吹く。冷たい夜風が頬を切りつかせた。
深く深呼吸をすると、冷えた空気が気管を通って肺に流れていった。
この冷たさが、心地いい。冬の匂い。
洗練された刃物みたいな風が体を切り裂いていく感覚にさえ、自然の温かさを感じる。風の冷たさはこの身を傷つけてたりはしない。
澄んだ空気は気高く透き通っていて、汚れのない綺麗な世界をこの目に映してくれるフィルターだ。
近年、濁りが混じりつつあるけれど、いつまでも綺麗なまま残していきたい。

ひとり、夜の街を歩く。
寒さは寂しさを感じさせる。冬は人恋しい季節だ。
でも、この孤独も悪くない。
誰にも干渉されることのない、自分だけの時間。
どんなおかしなことも、夢みがちなことも、ありえないことも、恥ずかしいことも、全部が許させる。
たとえば、こんな妄想話さえ。

白い息が宙に舞う。
まだまだ冬のはじまりに過ぎない。
寒さもこれから深まっていくんだろう。
それもいい。
暖かさだけが、心を癒すわけでもない。
この冷たさが、人を自然に帰らせてくれるんだ。

11/30/2022, 11:20:54 AM