「どこにも行かないで」
目の前の幼女が瞳にいっぱい涙を溜めて僕に懇願している。
僕は神社の境内の自分に与えられたスペースにしゃがんで幼女に道化を演じる。
「僕は日本中の子どもたちを笑わせるために、たくさんの場所を廻らなきゃいけないんだ」
「だめ。ずっとここにいて」
「それはできないんだよ」
泣いている女の子の願いを叶えてはあげられない。
僕は全国津々浦々を旅するクラウン。
各地のイベント、お祭りに出演させてもらって生計を立てている。
週末はイベントの予定でスケジュールは埋まっている。
「でもね」
僕は立ち上がって手を伸ばし幼女の体を肩車する。
身長2メートルの僕の眺めはとっても良いはずだ。
グルリとその場で回転する。
女の子は「わあ」と歓声を上げた。
肩車から胸元に抱え直し、女の子と目線を合わせる。
「僕は日本中の子どもを笑顔にしたら、この街へ帰ってくるよ」
「ホント?」
「うん、ホント」
「だから、楽しみに待っていてね」
「うん!まってる!」
お姫様抱っこに変えて、グルリとその場で回転する。
女の子はまた歓声を上げて喜んだ。
「じゃあ、またね」
「うん、まってるね」
ハイタッチをして、女の子は僕に手を振って両親に連れられていく。
帰る場所がある。
その約束が、僕をクラウンとして生かしてくれる。
「どこにも行かないで」
6/23/2025, 10:50:25 AM