香草

Open App

「願い事」

かなり現実的な方だと思う。
何一つ不自由のない家庭で育っておきながら、誕生日のプレゼントは現金、クリスマスのプレゼントも現金をねだった。
子供らしい子供ではなかったと思うし、扱いにくい子供だったと思う。
そんな私を嘆いて両親はカウンセリングを受けさせたり、小説を読ませたり、漫画を読ませたりした。
でも想像力は結局育たなかったし、人との関わりが下手くそなのは変わらなかった。
常に頭の中に誰かがいて、そいつが囁いてくるのだ。
(そんな非現実なこと考えても仕方ない)
(お前が考えていることは間違っている)
(なにロマンチックになろうとしてるんだ。むりむり)

そいつは常に私に話しかけてきて、心に響いた感動も頭に描く絵も消しゴムで消していく。
小さい頃からそんなだから、目の前のものに集中するしかできない。
勉強、運動、ビジネスベースでのやり取りは褒められることが多かった。
結果を出せばいい。それだけだから。
いい結果を出せば誰かを喜ばせることができる。それだけで十分だ。
ある日、それはある友人の結婚式の帰りだった。
久しぶりに会った旧友たちと居酒屋に入った。
いつもはそのような集まりはなんだかんだと言い訳して回避するのだが、その日は脳内のやつの「お前にあんな幸せは来ないよ」という皮肉に耐えられなかったから。

「七夕の日に結婚式だなんてロマンチックだな」
「ちゃんと織姫と彦星の格好でお色直ししてたしな」
「奥さん綺麗だったよなー」
「うらやましい〜」
ずっと同じような会話をループし、みんなぼんやりとビールを口に注いでいる
なぜか無愛想な私に執拗に絡んでくる友人は私をきちんと友達の1人と認識しているようで、こんな晴れの日に呼んでもらった。
「お前はまだしないの?」
1人がとろんとした目でこちらを見て、気まずそうに他の2人が目を合わせる。
「いや…彼女いなかったよな…?」
「こいつ、酔ってんなー」
夏らしくない若干乾燥した空気が流れて、私は水を口にした。
やはりこの年齢で相手がいないのはおかしいのだろう。でも脳内のやつがいる限り私に恋人はできない。

3人と別れて自販機で買った缶ビールを開ける。
七夕のくせして星はほとんど見えない。
(なに星なんか見上げて浸ってんだ)
「うるせえな」
(お前にあんな晴れた日は来ない)
私は缶ビールを喉に押し込む。
「お前の星どれだ」
私は夜空を指さした。
昔聞いたのは、私には一緒に生まれてくるはずだった双子の片割れがいたこと。
そいつは女で織姫になぞらえてヒメノと名付けられるはずだったこと。
(…見えないよ)
声は初めて聞くほど静かだった。
「俺が彦星でお前が織姫か。一年に一度どころかもうずっと一緒にいるよな」
声は何も言わなかった。
「早く生まれ変わってこいよ」
夏の大三角形がきらりと光った。



7/7/2025, 1:12:40 PM