時計の針が重なって、天を指す。
昼休憩のベルが鳴り、たくさんの人達が昼食のために職場をぞろぞろと出ていく。
私はと言えば、愛妻弁当ってやつだ。
時にこれは、羨ましがられる。
真夏の炎天下に外に出ていく必要もなかったし、外食で済ますよりも経済的だろう。
だけど、ちょっとだけ、たまには外食もいいかな、なんて。
このビルで勤務して早幾年。
近辺にあるお店をほとんど知らない。
コロナ以降、飲み会もほとんどなくなり、居酒屋すらも遠ざかった。
こうなると、ほとんどが自宅と職場の往復のみ。
いや、家族依存の私にしてみれば、天国のような環境なのだが。
でも、世の中には、高いお金を払ってでも、その店で食べるべき料理ってもんが少なからずあるんじゃないだろうか。
なんてったって、その道のプロが腕を振るって作ってくれるんだから、それはもう、家庭で生み出す限界を超えて来ること間違いなしな気がする。
もちろん、料理は愛情…なのも確かだが、きっとその道のプロは、すべてのお客さんに愛情を持って料理を振る舞えるんじゃないだろうか。
時計の針が重なって、天を指す。
仕事明け、終電で帰路につく。
帰れる家があることが癒しだ。
帰宅して、空っぽになった弁当箱を流しへ。
その時点でもうすでに、明日またここに詰められる愛情という名のおかずに思いを馳せる。
何度、時計の針が天を指し重なっても、この繰り返しの毎日は変化を欲してはいないようだ。
少なくとも、時計の針が重なるように、寄り添って生きるパートナーがいる限り。
9/24/2025, 4:08:55 PM