【愛する、それ故に】
出囃子が鳴り、まばらな拍手と共に舞台へ飛び出す。薄暗い会場でライトに照らされた舞台は、なんだか宙に浮いた不思議な空間のようで好きだった。
舞台の中央にあるサンパチマイクの高さを合わせ、僕らは身を寄せ合うようにしてマイクに顔を近づける。
「どーもー、ハマチトロロですー。よろしくお願いしますぅ」
平日の真っ昼間の劇場は、人が少ない。僕らの漫才は、まだあまり笑ってもらえなかったり、首を傾げられたりすることもあるけれど、僕は今ここに立っていられて本当に幸せだと常々思っている。
昨日、相方の鈴山から渡された新ネタを飛ばさないようにと緊張しながら話していると、隣では大きい動きと共に盛大にボケる相方を見て、僕もつい笑ってしまう。
「お前…何わろてんねん!」
ボケの鈴山が僕に思わずツッコめば、客席も釣られたかのように笑い出す。その笑い声に乗せられたかのように鈴山のボケはどんどん派手になり、ここ数ヶ月で1番笑いを誘えたのではないかと思うほどの盛り上がりだった。
僕らは漫才を披露し終えると、挨拶をして舞台袖へはけた。
「鈴山、すごいよ。最近で1番ウケてた!」
「へへ。でも、今日のはダメや。まだネタも粗いし笑いどころも分かりにくい」
喜びもそこそこに鈴山は反省を始め出す。
「吉田、今日のネタは昨日渡したやつやけど、ちゃんと飛ばさず覚えてきたのは上出来。けど、途中で笑うのは想定外。しかも噛んでたしな」
鈴山が指摘した一つ一つを、僕はネタ帳に書き留める。
「やっぱりできたばっかのネタはブラッシュアップが足りないから粗いな…もっと言い方にも拘らんと…あー、でも…吉田の笑いと俺のツッコミで笑いどころが分かりやすくなってんけどな…」
ぶつぶつと鈴山の口は止まらない。鈴山はどこまでもストイックだった。こういうところに惹かれ、憧れた。
「お前にはついていけない」と、地元から一緒に芸人を志した友人は実家へ帰った。
「お前とはやっていけん」と、東北の田舎から東京に出てきた相方には別れを告げられた。
そして、出会ったのが鈴山だった。
鈴山は、大阪から東京に出てきて、養成所ではなかなか苦戦していた様子だったが、タフで諦めなかった。そして、笑いを愛する、それ故にストイック。そういうところが気に入って、思わず「コンビを組んでくれないか」と声をかけていた。
「吉田ぁ、そろそろ行くぞ」
一旦思いつく限りの反省点を出し終えた鈴山は楽屋へと歩き出す。僕らはこの後、いつもの喫茶店で反省会第二弾、今日のネタの練り直しをする予定だ。
僕の夢は、賞レースで名を残した猛者ばかりが立つ東京や大阪の中心にある大きい劇場で漫才をすること。鈴山の夢は、賞レースで優勝した後に地元で凱旋ライブを開催すること。
共に僕らの目指す先は、賞レース。どれだけ険しい道になるかは分からない。険しくて辛くて投げ出したくなるような日々になると思う。
けれど、鈴山となら———。
僕は、鈴山と出会って文字だらけになったネタ帳を懐へしまって、楽屋へ駆け出した。
笑いを愛するものは、笑いに愛される。
のちに、僕らハマチトロロが、賞レースの準決勝に運良く進出し、話題の新星としてほんのちょっぴり取り上げてもらえるようになるのは、少し先の話。
10/8/2025, 3:39:44 PM