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ススキ

 草原に広がるススキが風に揺れる様は、まるで穏やかに波立つ金色の海のようだった。
 からりと晴れ、突き抜けるような青い空を飛ぶ鳥が大きく羽を広げて、ゆっくりと旋回する。長閑な秋の風景。
「こんなところで戦闘なんて、無粋とは思わないか」
「逆に秋の出陣らしくて風流なんじゃねぇか?」
「なるほど、そういう見方もある」
 頷いて力強く踏み込み、敵を斬り払う。遠征先で起こった予定外の戦闘は、編成されたのが練度の高い二人だったこともあり問題なく終わりを迎えようとしていた。
 だからと言って決して油断をしていたわけではないのだが。ふわふわと揺れるススキに紛れて見落としていた敵が、真横から飛び出してきたのを何とか避ける。避けきれたと思ったのだが、胸元を飾っていた牡丹の花は散り落ちてしまった。
「貴様……万死に値するぞ!」
 一撃。そして、それが最後の敵だったようだ。
 残党がいないか確認してくると、尾花の原に分け入って行く相手の背を見送りながら小さくため息を溢す。
 花は帰ってまた飾れば良い。帰るまで胸元が少し寂しいだけのこと。だがそれは、不名誉を飾ったまま帰るようなものだ。風流とは程遠く、何より己が情けなく思えてしまう。
 たかが花、されど花。しかし変わりになりそうな花も見つからず、仕方ないと諦めたところで相手が戻って来た。
「残党はいなかったようだね。帰ろうか」
「その前に、ちょっとじっとしてろ」
 何だろうか、と言われたとおりじっと立っていると、相手は胸元の花を飾っていた金具に何かを取り付け始めた。
 ススキの穂先をくるりとまとめて、器用に葉で結んだもの。ふわりと丸い黄金色のブローチ。
「ないよりはマシだろ」
「君という男は本当に……!」
 悲鳴のように声を上げて、思わず両手で顔を覆ってしまう。
「なんで俺に対してだけそうなるんだ」
「普段そういうことをしそうにないから……」
「ギャップってやつ?」
「ううう……」
 否定も肯定も言葉にならず、唸ることしかできなかった。
 風流とも雅とも遠い目の前の男は、戦さ場でわざわざ花を飾る気持ちなど少しも理解はしていない。けれども付き合いが長いから、戦衣装に花を添える心を、戦いでそれを落としてしまうことの不本意さを知っている。
 知っているからこそ、不名誉を飾って帰るよりはマシだろうと秋の一部を切り取って胸元に添えてくれた。
「……ありがとう」
「あんたも素直に礼が言えるようになったんだな」
「ここは君も素直に受け取ったらどうだい」
 軽口の叩き合いも、相容れずに反目していた昔に比べれば秋風に揺れるススキのように和やかなものだ。

 それからしばらく、文机の小皿の上に飾られていたススキのブローチは、秋の歌をしたためた短冊とともに文箱へと丁寧に収められた。

11/10/2023, 4:04:21 PM