夜の祝福あれ

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さよならの前に

朝の光が差し込む部屋で、美咲は静かに目を覚ました。隣には、昨夜遅くまで話し込んだ幼馴染の悠人が眠っている。彼の寝息は規則的で、まるで何もかもが平穏であるかのようだった。

けれど、美咲の胸の奥には、言いようのない罪悪感が渦巻いていた。

「今日だけ許して」

それが、彼女が昨日の夜、悠人に言った言葉だった。

美咲は来週、遠くの街へ引っ越す。夢だった舞台の仕事が決まり、東京を離れることになった。悠人にはまだ言っていない。言えなかった。彼と過ごす時間が、あまりにも心地よかったから。

昨日の夜、二人は高校時代の思い出を語り合い、笑い合い、そして自然と唇が重なった。

「ごめんね、悠人。これはずるいよね。でも、今日だけ…今日だけ許して」

彼は何も言わず、ただ彼女を抱きしめた。

美咲はそっとベッドを抜け出し、キッチンでコーヒーを淹れる。窓の外には、秋の風が街路樹を揺らしている。彼女はマグカップを両手で包みながら、心の中で何度も繰り返す。

「ありがとう。そして、さようなら」

その日、美咲は何も告げずに部屋を後にした。悠人が目を覚ましたとき、テーブルの上には一枚の手紙が置かれていた。

悠人へ昨日はありがとう。
あなたと過ごした時間は、私の宝物です。でも私は、自分の夢を選びます。今日だけ、許して。美咲

悠人は手紙を読み終え、静かに微笑んだ。

「…バカだな。許すに決まってるだろ」

そして彼は、窓の外に広がる空を見上げた。そこには、美咲が向かった未来が、確かに広がっていた。

お題♯今日だけ許して

10/5/2025, 2:44:46 AM