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157.『夢見る心』『桜散る』『無色の世界』



 メロスは激怒した。
 必ず、邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。

 メロスには芸術はわからぬ。
 絵を描いて褒められたことは一度もない。
 けれども色彩に対しては、人一倍敏感であった。

 今日、メロスは王都へとやって来た。
 妹の息子が絵の賞を取ったので、その祝いの品を買いに来たのだ。
 まず、その品々を買い集め、それから都の大通りをぶらぶら歩いた。
 だが、歩いている内にメロスは、街の様子を怪しく思った。

 以前訪れた際、街はメロスを威厳をもって迎え入れた。
 しかし今は違う。
 かつて石造りの家が立ち並んでいた白壁の通りは、今や毒々しいビビットな色に浸食され、かつての威厳はどこにもない。
 通りかかる店先も、暴力的な色で満たされ、むしろ下品な有様だった。

「王は乱心したか」
 王都は王の住まう場所。
 厳かで気品が無ければならない。
 にもかかわらず、この無様な様子を放置するとはどういった心持か。
「呆れた王だ。
 生かしてはおけぬ」
 メロスはいてもたってもいられず、その激情の赴くままに城に乗り込んだ。

「王よ、この状況はいったいどういう事だ?」
 王の間に駆け込んだメロスの物言いは、不遜極まりない。
 だが明らかな不審人物なのに、側近どころか護衛の兵士も咎めたりもしなかった。
 むしろ王は、穏やかな微笑みを浮かべながら言った。

「メロスよ、久しいな。
 そんなに慌ててどうした?」
 メロスと王は顔見知りだった。
 それもそのはず、メロスはしばしば『激怒』して、城に乗り込んでくるからだ。
 最近では兵士も止めることはなく、ほぼ素通りである。

「どうもこうもない。
 あちらこちら色を使いすぎて、これでは目が潰れてしまう。
 王はいったい何をお考えか!?」
 メロスの言葉に、王は苦々しく零した。

「最近、わが国では若者の育成に取り組んでおる。
 国の発展には、若者の才能が必要だからな。
 そのため、今までにない新しい試みをすることとなった」
「新しい試み?」
「ああ、若い感性を社会に還流しようと、王都の一角を若者に設計させたのだ」
「なるほど、さすがは王だ。
 私にはない視点である。
 しかし、一角どころか王都全体が彩られているように見受けたが、それはどういうことなのだ」

 メロスがそう言うと、王は蓄えた髭をさすりながら、感心したように言った。
「さすがメロス、気づいたか。
 我もあれにはほとほと参っている」
「というと?」
「うむ、それなのだが……」
 王は大きくため息を吐いた。

「我は攻めすぎだと思ったのだが、他の貴族たちは違ったようでな。
 いたく感心し、こぞって自分のあの色使いを真似し始めた。
 自分の屋敷が映えるようにと、周囲の民家まで塗り替えさせ、気づけば都はこの有様だ」
「うむ、理由は分かった。
 しかし、今のまま放置もできまい」
「その通りだ、メロスよ……
 たが、それなりに民からの評判が良いのも事実。
 若者の夢見る心も無碍には出来ない。
 どうすべきか悩んでいたのだが……」
 王は決心したように、膝を打った。

「メロス、お前が来てくれたおかげで、我は決心がついた」
「それでは!」
「ああ、民には悪いが、街の浄化を開始する。
 『廃色運動』の名のもとに、都から色を一掃せよ!」

 それからの展開は早かった。
 すぐさま特殊部隊が編成され、街から色が廃されていった。
 中には抵抗するものもいたが、王の勅命だと知ると、大人しく引き下がるしかない。
 見る見るうちに、王都は元の景観を取り戻していった。

「うむうむ、これで昔の素晴らしい王都が蘇るだろう。
 この落ち着いた白こそが、王都のあるべき姿。
 これで王の威厳は取り戻されるはずだ……

 ……おや」

 メロスの目に儚く薄桃色に咲き誇る桜が留まった。
 メロスは首を傾げながら、特殊部隊の隊員に尋ねた。

「おい、あの桜はそのままなのか?」
 隊員は驚き、慌てて首を振った。

「ダメです、ダメです!
 あれは、地域の人々が大事にしている桜の樹。
 手を出してしまっては大変な事になってしまいます!」
「何を言っている。
 王の命令は、王都から色を取り除き、無色の世界へと戻す事。
 それとも王に逆らう気か?」
「滅相もない!
 しかし、桜に手を出しては民が黙っていません!」
「腑抜けめ!
 どけ、私がやる」
 そう言って、メロスは強引に桜の枝を折ってしまった。

「これで完璧だな」
「ああ、なんてことを……」
 自分の納得のいく結果に胸を張るメロス。
 だが、『桜散る』という衝撃的な出来事は、瞬く間に国中に知れ渡り、民が激怒する事態となった。
 それを知った関係者たちは、慌ててメロスを呼び寄せ、極秘に会議を行った。

「メロスよ、国中で暴動が起こっているのは聞いておるな」
「承知している。
 だが、私は間違った事をしたとは思っていない」
「我も、お前の行動は正しいと思っている。
 多少行き過ぎの面があったとはいえ、十分に情状酌量の余地はあろう。
 だが、国民が暴れて手が付けられないのだ」
「まさか……」
「廃色運動は撤回する。
 これまで通り、様々な色を使うことを許可して、民を宥めるしかあるまい」
「しかし、王よ!」
「お前の気持ちは痛いほど分かる。
 だが、民の怒りは頂点に達している。
 お前も見つかったらただでは済むまい……
 ……逃げよ、ほとぼりが冷めるまで、お前の村で隠れているとよい。
 王族専用の避難通路を使うことを許可する」

 そうして、メロスは秘密の地下通路を通って、村に逃げ帰る羽目になった。
 肩を落としながら自分の家の扉を開けるメロス。
 だがそこに、凍てつく殺気を纏った妹がいた。

「ねえ、お兄ちゃん。
 王都で騒ぎになっているけど、お兄ちゃんの仕業よね?
 私の息子が絵の賞を取ったお祝いの品を買って帰るだけなのに、なんでこんなことになるの?
 もしかして、嫉妬?
 『画伯』と呼ばれるほど才能がないから、息子に嫉妬しているの……?
 ねえ、お兄ちゃん、正直に答えて。

 怒らないから」

 妹は激怒した。

4/25/2026, 10:16:18 AM