わをん

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『バレンタイン』

バレンタインデーの前日から気合いを入れて手の込んだケーキを作り、色味を抑えたかわいいラッピングに手紙を添えて憧れの先輩に手渡ししに行ったけれど、受け取ってすらもらえなかった。
「付き合ってる人いるから、ごめんね」
付き合っている人がいることを知らなかったのでショックは一層大きい。学校からどうやって家まで帰り着いたのだったか。気がつくとダイニングの椅子にぼんやり座っていて母のただいま、という声で我に返った。
「……おかえり」
「バレンタインおつかれさま」
ぽんと肩を叩いた母は仕事着から部屋着に着替え、お湯を沸かしてコーヒーを入れ、これ貰うねと宣言した。
「……ダメ」
「えー、残念」
「私も、食べるし」
色味を抑えたかわいいラッピングは母の手によって開封され、チョココーティングされた小さめのケーキは一刀両断されて二切れに分けられた。手紙はそそくさと回収した。
「うん、おいしい!」
「うん、我ながらおいしい」
コーヒーとケーキをしばらく無言で交互に口に入れて食べ尽くしてしまうと気持ちが少し落ち着いた。
「ケーキ屋さん並みの出来でお母さんびっくりしちゃった」
いつの間にやらいろいろと作れるようになってたのねなどと言いながら母はフォークやケーキ皿を洗う。
「ねえ、いっそパティシエ目指したらいいんじゃない?」
そんな簡単にはなれないよ、とかなんとか言いつつも、その日褒められた記憶とパティシエを目指したら、という何気ない一言は胸に深く残り続けた。

2/15/2024, 4:23:41 AM