のり

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お題『セーター』

五年くらい前からずうっと着ているセーターを一枚だけ残している。
流石に外で着るには衿口が伸び切っているしグレーの生地も毛玉だらけだ。それに経年のシミも複数見受けられるので、今は家着として重宝している。
……といっても、断捨離のルーティーンが早い方だと自負もある俺にとって、高級でもない消耗品を五年も持ち続けていること自体が奇跡に等しいことなのだ。

「君、そのグレーのセーターだけずっと着てるよね」
衣替えの時期、同居人から指摘されたことがあった。
普段何でもポイポイ捨てる俺の捨てられなさそうにしている姿がそんなに物珍しかったのか、興味深そうに目を丸くしていた。
「ん〜〜……これ、すっごい着心地良くてさ。化繊じゃなくて綿だし」
「そうなの? 同じやつの色違いも前持ってなかった?」
「あれも悪くなかったけどこれは特別! 裏地が何かちげえのよ」
「へえ。……君が言うなら俺も買ってみようかな」
やや躊躇いの残るとっさの誤魔化しにも気づかず、誘導にまんまと乗ってくれた同居人の姿を確認し、俺はほっと胸を撫で下ろす。

特別なのは嘘じゃない。
だってこのセーターは、初めて貴方をお気に入りのバーへ誘った日に着ていたもの。「シルエットがらしくていいね」と貴方から褒められたもの。初めて抱かれた日、勢いあまった貴方から思いっきり衿口を引っ張られたもの。それから時が経ち、俺の家で貴方から同居の誘いを持ちかけられたときに着ていたもの。
たとえ貴方が覚えていなかったとしても、そんな思い出がたくさん詰まったセーターを、捨てられるわけがないんです。

11/24/2023, 10:55:35 AM