徒然

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誰よりもずっと
 好きだった。
 人と比べるのは好きじゃない。だけど、それでも他人よりずっとずっと自分の方がと、言える程に好きだった。周りの人間の好きを否定するわけじゃない。でも比べられたら勝てるよって言える位好きだった。ずっと、ずっと、大好きだった。
 出会いは小学生で、良し悪しなんかわからない歳だろう、なんて言われた事もあった。恋に恋してるだけ、みたいな。なんとなく知った気になっているだけで、子供が語るなと。でも好きな気持ちに偽りはない。好きだと思った。これを恋じゃないというならなんだと言うのだろうか。
 自分にとってそれは初恋だった。初恋のようなものだった。初めて何かを″好きだ″と、自覚した瞬間だった。
 背中を追い掛けた。親にねだって買って貰ったギターを見よう見まねで弾いた。変な音しか出なかった。チューニングもコードも知らなかった。それでも音が出た事が嬉しかった。
 クラスでも背の順では前から数えた方が早い小柄な身長に比例した小さな手では、弦を押さえるのが難しかった。買って貰ったお揃いのピックが擦り切れるまで練習した。指先は何度も切れたが、弾ける音は増えていった。チューニングを知り、チューナーを知り、音作りを知る頃には、ネックは手に自然と収まるサイズになっていた。
 いつか一緒にステージに立つ、なんていう子供の淡い夢は、ステージ越しで楽しむ時間になり、出待ちをして直接声を届ける事が出来るようになっていた。
 ずっとずっと好きだった。
 近所のライブハウスではライブをしなくなった。メジャーデビューが決まったと、長年の夢だったと、次は大きなステージで、なんて事を言って去っていった。
 同じステージに立つ夢は諦めていなかった。きっと夢物語で終わると、それは何処かでわかっていた。音楽の才能はない。ギターも年数の割に人並みで上手くない。ただ好きだという理由で追い掛けるだけでは無理だと知っていた。それでも叶う気がする、なんていう漠然とした確信を持っていた。
 おかしいと思うだろうか。でも、本当に叶うと思っていた。
 初めてあのステージを見た時、心臓を撃ち抜かれるような感覚に陥った。
 街のお祭りの、誰も聴いていないステージだった。
 音は割れ、音質は最悪、聴いているのは酔っ払いだけ。家族連れや学生のグループが音を聞き流しながら、ステージ前のベンチで食事を摂っていた。誰もステージなど真面目に聴いていなかった。
 でも、私は聴いていた。私だけは聴いていた。
 誰も聴いていないステージで、真夏の炎天下の中で、汗を流しながら全身全霊で音楽に身を委ねる姿がカッコよかった。その音楽に痺れた。
 夏の暑さのせいだったのかもしれない。その状況がそうさせたのかもしれない。
 けれど、確かに私の心にはその音が響いていて、親の制止も聞かずに、ステージを下りる彼等の元へと走って近付いた。
 小さな町の祭りのステージだったから、簡単に近付けた。大きな声で声を掛けた。

「カッコよかった!!!」

 その時頭を撫でてくれたのが、ギターボーカルのKENだった。

「ありがとう。君に届いて良かった」

 そう言ってニッと見せた白い歯がカッコ良くて、それから歯磨きは念入りにしている。
 ベースのTATUが「小さいのに見る目あるな」と言ってくれた。「また聴きに来てくれよ」と言ったのはドラムのYOUTAで「そんな君にこれをあげよう」と言って、KENがピックをくれたのだ。あの時のピックはまだ大事に取ってある。宝物だ。
 楽器屋で売ってる安いやつ。ちょっと柔めで薄めのタイプ。色はビビットピンク。ギターの時に同じのを選べたのは、これを貰ったからだ。

 あれから8年。
 彼らはメジャーデビューを果たしテレビにも出るようになった。ドラマ主題歌がヒットして、街でも曲を聴くようになった。これからって時だった。
 私は高校に入学して、追いかけ続けて10年目、個人的に節目の年。彼らにとってはメジャーデビューをしてまだ5年足らずの、これからという時期に発表されたのは、突然の無期限活動休止。
 衝撃だった。彼等の音楽を楽しみに、彼等の音楽を生き甲斐に、彼等の背中を追い掛け続けてきたのに。
 高校入学直後、私の夢は失われた。

「夢は諦めなきゃ、いつかは叶う。夢が叶わない時は諦めた時だ」

 いつかのライブでKENが言った。
 じゃあ私が諦めなきゃ、私の夢は叶うの?私が諦めずに才能のないギターを弾き続ければ、貴方の隣でギターを弾ける日は来るの?
 そう、今は問いたい。あの言葉を嘘にしないで欲しかった。

 好きだった。ずっと好きだった。誰よりもずっと追い掛けて、誰よりもずっと、ずっとファンだったという自負がある。
 大好きだった。大好きでした。インディーズのCDも全部お年玉で買った。その曲を入れる為だけにウォークマンをサンタさんにお願いした。今でもあの時のビビットピンクのピックは宝物として持っている。
 誰よりもずっと、彼等を追い掛けていた。

 訃報が届いたのは、活動休止から数ヶ月後の話だった。同時にバンドの解散が発表された。
 理由はボーカルの欠けた、1人でも欠けたこのバンドはもう別物だから、新しい人間を入れる予定はないという事だった。
 夢は叶わなかった。
 誰よりも好きで、ずっと好きで、ずっとずっと応援していた気持ちは届かなかった。
 貴方の事が好きでした。貴方の歌が好きでした。応援を言葉にして、音に乗せて、そして温もりで伝えても、それでも貴方には届きませんでした。

「夢は諦めなきゃ叶う」

 儚い子供の夢を奪った貴方を、私は一生赦しません。
 だけどずっとずっと、この先も、貴方を、彼等を、私は誰よりもずっと好きでいます。

 初恋は叶わないらしい。
 ほろ苦い思い出だけが残ると、誰かが言っていた。だからこの夢もきっと、叶わなかったんだ。
 この夢は初恋だったから。

 #誰よりもずっと

4/9/2026, 5:01:58 PM