真夏の記憶
蝉の鳴き声が、ただの低い耳鳴りに変わって早数年。
僕らの夏の記憶が、「なんか妙な耳障りがする夏だったなあ」になるなんて――
「そんなのは、嫌だっ!」
僕はちゃぶ台の上に足を勢いよくついて、友人である翔吾くんに話しかけた。翔吾くんは、一度僕の方を見ただけで、すぐに手元のスイカに目を戻した。
「行儀わるいぞ」
返答はそれだけ。おいおい。僕の心の叫びを聞いてそんな冷たい態度とれるの君だけだぞ。
「学生なら何か楽しいことをするべきじゃないか!?」
「夏休みの課題とかか?」
「おい嘘だろ。あんなもののどこが楽しいんだ? いや、勉強は楽しい時もある。でもそうじゃなくてだなあ――」
そう。そうじゃない。僕らは学生だ。青春真っ盛りだ。青春と言えば、謳歌するものだろう? なら思いっきり楽しいことをしなくてどうする! 海とか山とか川とか向日葵とか、なにか外に出て遊ぶことがあるだろう?
僕はちゃぶ台の上に足を乗せたまま、いかに夏休みの思い出作りが大事かを、こんこんと語ることにした。いいや、語りきった。
しかし彼は、皺が寄った眉間を一つも動かすことなく僕を見つめるだけだった。
「ば、バカな! 僕の演説が効かないだと!?」
「効かねえよ」
「何故だ!? 何故効かない? 僕の演説力が足りないのか?」
「というより、自分が言ったことをもっかい復唱しろ」
「復唱?」
「……海に?」
「浮き輪を放流する」
「山に?」
「クワガタをとりにいって相撲させる」
「夜に?」
「学校へ忍び込んで花火をして爆竹を鳴らす」
「どれも小学生が考えつくようなやつじゃねえか」
「ロマンがあるだろ?」
「山と夜は譲っても海はロマンなかったろ」
「た、たしかに」
くそう。僕の負けだ。確かに海に浮き輪を放流して、何になると言うんだ。それに他の案も今思うとそこまで面白くないぞ。僕ら今高校生なんだから、小学生が思いつきそうなことをするとか、なんかこう、いろんなものに負けた気がするぞ。
「っく。わかった。ここは、ショーゴくんの案に任せよう」
潔く負けを認めようじゃないか。僕はそう言って、彼の案を待った。
しかし、翔吾くんは、驚いたように瞬きをした。
「スイカ食いながら本を読むくらいしか出てこねえよ」
結局、僕らは母から貰ったスイカを食べて、本を読みつつ、なんか妙な耳鳴りがする夏を過ごした。
8/12/2025, 2:20:24 PM