悪役令嬢

Open App

『元気かな』

ここは冒険者たちが腕試しに訪れる
魅惑のダンジョン。
この地下三階で、人狼のフェンリルは
チーフリーダーとして働いていました。

「今日は追加で三パーティー来るからね~」
「......その日は働き手が足りません。
オークたちはまだ傷が回復しきっていませんし」
「そこは臨機応変に対応して。んじゃ、よろしくー」

休日にいきなり呼び出され、呆気に取られる
フェンリルをよそに、上司のグレーター
デーモンは呑気な口調でそう言いました。

――

開門前、フェンリルは魔物を集めて
ミーティングを開きました。

「今日の冒険者たちは新人。なるべく後衛は
狙わず、経験値を少し与える程度で頼む」

「困りますねえ。大した賃金もでないのに、
あれしろこれしろと指図されるのは」

ゴブリンたちがフェンリルの指示に
異議を唱えます。
彼らは賢く計算高い種族で、金と効率に敏感。
割に合わないと判断すると、
なかなか仕事をしてくれません。

そこへ追い討ちをかけるような報告が。
「皮の盾百個、間違えて注文しちゃいました」

気まぐれで放蕩主義のハーピーは謝るどころか
のんびりと爪の手入れに励んでいます。

「......」
フェンリルは怒りを飲み込み、作業を続けます。

「(13.04)の宝箱のポーションの補充は?」
「確認した。開封済みは全て補填済みだ」

ダンジョン内に響く重低音のような声。
それは、長い髪で縫い跡を隠した大きな体の
人造人間のものでした。

「ありがとう。
それではみんな持ち場についてくれ」

――

仕事を終えたフェンリルは、青白い光が
天井から降る石段に腰掛ける人造人間を
見つけました。

ここは地下。空も月もありません。
しかし、天井に浮かぶ光の球が
まるで月のようにダンジョン内部を
柔らかく照らしていました。

フェンリルは狼から人の姿に変わり、
彼の隣に腰を下ろします。

ここで働く連中は、人の言葉を喋る魔物も
いますが、話はできても話が通じません。

けれど、人造人間は違いました。
彼は真面目な働き者かつ、読書好きで優れた
知性を持つ穏やかで清らかな魂の持ち主でした。

フェンリルは人造人間のために本を選び、
彼とこの世界について語り合いました。

「博士を見つけたら、どうする?」

死体を繋ぎ合わせて作られた人造人間は、
自分を生み出した博士を探していました。

「問いただしたい。なぜ俺を生み出したのか。
なぜ目覚めた時、そこにいなかったのか。
そして、伴侶を作ってほしい」

「伴侶......か」

長い間、闇の中で誰にも理解されず、
人間達から姿を隠して生きてきた彼は、
ただ一人、自分の隣にいてくれる
パートナーを求めていたのです。

暫くして、フェンリルは職場を離れることに
なりました。新たな土地へ旅立ち、
別の生き方を選ぶために。

彼は、今も元気にしているのだろうか。
伴侶は、見つかったのだろうか。

フェンリルは、時々思い出します。
地下の人工的な月明かりの下、
静かに読書していたあの人造人間のことを。

4/9/2025, 6:00:07 PM