香草

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「夏の匂い」

空高くから腹の底に響く爆発の音。
星よりも鮮やかで空を焼き尽くしそうな光線が海を照らしている。
「うわあ綺麗だね!」
パチパチと手を叩き君は嬉しそうに小さく跳ねた。
こちらを向いて僕の反応を待つが、諦めてまた空を見上げた。
遅れて火薬のにおいがやってくる。
美人だと評判のクラスメイト。
勇気を振り絞って誘い、奇跡のミラクルオッケーサインをもらった花火大会の今日。
僕は彼女に告白するつもりだ。

きっと彼女も薄々気がついているはずだ。
そうでなければ花火大会、男女2人というデート定番のシチュエーションでこんなにかわいい浴衣を着てくるわけがない。
彼女は青い小さな花模様の浴衣に、赤茶色の帯をしていた。レトロで良家のお嬢様のような雰囲気で守りたくなる。
彼女が下を向いてため息をつくたびに、チラリとうなじが見えてつい僕もそっぽを向いてしまう。
そろそろ花火もピークを迎える。次にどデカいのが上がったら彼女に言うぞ…。言うぞ…。
小さな花火が大量に打ち上げられて彼女の浴衣模様のようだ。次にどデカいのが来たら…。
急に花火の打ち上げが止まった。先ほどまで真昼かと思うほど花火が打ち上げられていたのに。
「花火大会の途中ですが、ゲリラ豪雨の恐れがあり、中止とさせていただきます。繰り返しお知らせいたします」
場内に女性のアナウンスが響き渡り、どこからか、えー!という不服そうな声が聞こえてきた。
「えー中止?まじかあ…」
隣の彼女も残念そうに眉を下げた。
「雨は…仕方ないね…」
人波が駅の方へ向かい、僕らもつられて歩き出す。

計画が狂った!
ロマンチックに花火に照らされながら告白して帰り道、手を繋いで帰る予定が…。
いやいやそもそも告白が成功するかも分からないのだ。振られて気まずい雰囲気で帰るはずだったかもしれないのだから、これで良かったのかもしれない。
彼女は無言で隣を歩いている。
なんとなく話題を寄越せというような圧を感じるが、僕の頭には今告白のことしか思いつかない。
彼女と話すとき、毎回緊張してしまう。
何を話したらいいのか分からなくなってしまうのだ。
男友達がいる時はまだマシなのだが、2人っきりになるのは今回が初めてだ。彼女の好きな話題ってなんだ?何を話せばいい?
もしかして僕、彼女のこと何も知らないんじゃないか…?
悶々と考えているうちに屋台の間をすり抜けて会場を出た。
もう花火大会の幻影は消え、駅までいつもと変わらない道を歩く。

駅が見えてくる。もう彼女と別れるまで数分しかない。
「ねえ」
隣を歩いていた彼女が歩みを止めた。
駅からの明るい光で照らされているはずなのに表情が読めない。
「今日これで終わり?」
花火大会のことかな?
もう雨が降るんだし終わりだろう…って、きっとそうじゃない!僕が告白するのを待っているんだ。
「今日誘ってくれて嬉しかった。けど君全然話してくれないね」
僕は慌てて「ち、違うよ。緊張で…あまりにも君が可愛くて」と言おうとしたが遮られる。
「他の人といる時はすごく面白い人だなって思ってたけど、そんなことないね。私が話してても何も言わないし…」
たくさんの人がじろじろと僕らを見ながら通り過ぎる。
「じゃあまた学校で」
彼女はパタパタと駅の改札をくぐっていった。
ゴロゴロと空から怒ったような音が聞こえ、雨を含んだ湿気の匂いがベトベトと僕にまとわりついた。


7/2/2025, 9:57:34 AM