――また、青い影が揺れている
毎年この時期になるとぎこちない空気が漂う。
ただでさえ湿気で重怠いのにさらに息苦しさが重なってきて耐えられない。用意された夕飯に雑にラップをかけて冷蔵庫にしまって、物言いたげな両親を無視して自室に閉じこもった。
ドアに鍵をかけ、除湿機と扇風機の電源を入れる。エアコンは昨年壊れてからまだ直してもらってないから動かない。自業自得なことにもイライラして仕方がない。
ベッドに倒れ込み、セクシーポーズをキメてる大根クッションを無言で殴る。こいつに恨みはないがそのポーズがなんか腹立つのだ。たっぷり詰め込まれた綿が拳を受け止めては押し返してくるのも腹立つ。妙にまとわりついてくる生地感も腹立つ。安っぽい印刷も変な位置にあるタグも全部腹立つ。
「…なんなんだよっ」
ゆらり、ゆらり。
電気も点けていない夕方過ぎの暗い部屋に不自然な影が揺れる。青く、暗く、水面を思わせるような影。
恐怖はない。影は死んだバカ姉のものにそっくりだからだ。生前と同じように俺にベタベタとひっついてくる。こういう荒れてる日は、特に。
あの日もそうだった。
泳げないくせに川に飛び込んだ俺を追いかけてきた姉。
足掻きながら沈む俺を押し上げて、沈んでいった姉。
岸に引き上げられたあと振り返ったとき、
透明度が高かったからみえてしまった。
『危ないから一人で行っちゃダメだよ』
その約束を無視した結果が、
この目に、
この身に、
焼きついて離れない。
きっと青い影は俺にしかみえない。
俺はとっくに狂っている。壊れている。姉を殺したくせにのうのうと生きて、今日、姉の命日に、姉の年齢に並ぶ。
決して償えない罪を償いたいのに、生かされた命を無駄にできない。こんな、こんなの。腹立つ腹立つ、バカ姉。
「なんなんだよ」
【題:約束だよ】
6/3/2025, 2:04:32 PM