シロツツジ

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お題 繊細な花

いつからか、毎年夏になると、家の庭に一輪の百合が咲くようになった。

これがまた変わっていて、花弁も茎も葉も、何もかもが透き通ったガラス細工のような姿をしている。

その花弁に口付けをしたら、解けていってしまいそうで怖いといったのは、祖母だったろうか。

夏の焼き尽くさんばかりの陽射しをいっぱいに受け、鮮やかな虹色の光を零すその花は、彼女の言葉通り酷く繊細だった。

子供の頃、その美しさに惹かれた私が茎を手折ろうとした瞬間。

眩いガラス細工の輝きは、瞬時に宙に解けて消えた。

後に残ったのは、行き場もなく宙を掴む私の手。

何が起こったか分からず大泣きする私に、父も母もてんやわんやだったそうな。

それからというもの、私は決して夏の庭には近づかなくなった。

それは子供時代の苦い思い出から、意味の薄れた行為へと変わり。

十数年経った今日、私は何故か、ふと懐かしい庭への道へ足を向けた。

結婚への心配からか、家を離れる寂しさからか。

ただ、言葉に出来ぬ不安が私の足を突き動かす。

気づけばそこは、幼い頃の記憶より緑の増えた、だけど面影のある、懐かしの庭だった。

草と土の匂いが鼻を通り抜け、直接脳に突き刺さる。

桜の木の少し横、睡蓮が咲く池の脇辺り。

果たして、そこに百合は咲いていた。

ガラス細工の姿も、虹の輝きも、寸分違わぬ姿でそこにいた。

しかし、その姿は子供の頃より何倍も、いや何十倍も美しかった。

ふと、滑らかな花弁が口付けを待ちわびているように見えて。

ふらふらと近づき、その前にしゃがみこむ。

顔を近づけ、唇を寄せる。

花弁は、冷たかった。




「……そう、あと三ヶ月だって。」
とある病院の一室で、看護師二人が会話している。
「まだ若いのにねぇ…。」
「女が短命の一族なんて、あそこも大変な一族だわ。」
「たまに長生きする方もいるけど、ほとんどの人が四十代までに亡くなってしまうんだもの。もう呪いじゃない。」
「そういや今回の子も百合の花がどうとか言ってたけど、ほんとにあそこんち何かあるのかしら。」
「ちょっとやめてよ、私怖いの苦手なんだから!」
「冗談よ。」
いきましょ、と2人は部屋から去っていく。
後に残るものは、何もなかった。

6/25/2023, 2:57:30 PM