鏡の森 short stories

Open App

#003 『何度でも』
現代

 よく晴れた日を狙って外に連れ出したつもりが、その日は存外に風のある日で、道路沿いの桜はハラハラと散っていた。
「あれ、咲いたと思ったら、すぐ散っちゃうんだねえ。寂しいねえ」
 年齢のわりに義祖母は滑舌が良い方で、言葉はよく聞き取れる。
 ひらり、風に乗って舞う桜を眺めながら車椅子を押す。義祖母はご機嫌で膝掛けに落ちた花びらを両手で弄んでいた。
「昔、大学に落ちたぁ、桜が全部散ったぁ言うて大騒動した兄さがねぇ、あんたみたいな嫁さんもらってねぇ、立派になってねぇ、よかったよねぇ」
 義祖母の兄は戦死したと聞いているので、これは多分、息子の話。あまりに何度も間違えられるので、今やすっかり慣れっこで、話を適当に合わせることにしている。
「桜もねぇ、毎年咲くからねぇ。すぐに散っちゃうけど、また咲くからねぇ」
 歩けなくなった義祖母の面倒を見るのはなかなかに大変だ。数年前に持ち上がった、施設に入ってもらおうかという話は感染症の蔓延で立ち消えたと聞いているけど、入所した後も、同じように桜を見ることはできるのだろうか。
 わたしとて、今はたまたま近くに住んで、たまたま仕事を辞めてしまったから、頻繁に面倒を見たり、こうして散歩に連れ出したりできているだけだ。
 一際強い風が吹き、膝掛けにたまった花びらのほとんどをさらっていった。
「あーぁ、どっか行っちゃった」
 花びらはまだ舞い、落ちてくるのに、義祖母は膝掛けを煽って残った花びらをばらまいてしまう。
「どっか行っちゃった、全部なくなった。はい、またやり直し」
 やり直そうにも、そんなに長く散歩してられるわけじゃないんだけどな。
 スマホで時間を確認し、住宅街に入るのはやめて、今来た道を引き返すことにする。
 毎年咲く桜も、いつかは見られなくなる日が来るから。
 何度でも繰り返せるうちに、繰り返しておくのがいいんじゃないかと思う。

《了》
お題/桜散る
2023.04.17 こどー

4/17/2023, 12:05:19 PM