『沈む夕日』
彼の故郷では、夕日は海に沈むのだという。
「小さな島だからね。太陽は海から昇って海に沈むんだ」
海というものを、私は見たことがない。私は草原の国に育った。広い大陸の中の広大な平野の中で、遊牧民として暮らしていた私にとって、太陽は地平線の彼方から昇り、また沈んでいくものだった。
そして今、私と彼がいるこの国では、太陽は建物の間から昇り建物の間に沈んでいく。
巨大な帝国の学園都市は、故郷では首都に行かなければそうそう見ることもなかった背の高い建物が立ち並び、わずかに遥か遠くの山脈が透かしてみえるだけだ。今居るこの大学講堂の屋上庭園からも、見えるのはそびえ立つ摩天楼とその間に沈む夕日だ。
「毎日見てたから特別なものだと思ってなかったけど、今見たら多分綺麗だって思うんだろうな」
故郷の夕日をそう評す彼に、私も頷いた。
「ねぇ、いつか私も君の故郷の夕日が見てみたいな」
海というものを、見てみたいと思っていた。初めてそれをみるならば、彼のよく知る場所がいいとそう思った。
彼は、なぜだか私の顔をまじまじと見つめ、すこし頬を赤くする。
「なんか、プロポーズみたい」
「は!? 違うし!」
思わず彼の肩口を平手で叩くといい音がした。
「はは、そうだね、プロポーズは僕からしたいなぁ」
それはプロポーズではないのだろうか、と少し思ったが、私は何も言わずに口を噤む。
「僕も、君の国の夕日が見たいな。君の育った場所で、君と一緒に見たい」
彼の顔が赤いのは、既に姿を隠した夕日のせいではないだろう。けれど、私の顔だって負けないくらい赤いに違いない。
昼の名残の赤と夜の先駆けの紫が混じり合う空の下、もう少しだけ二人でこうしているのも悪くない。
2023.04.07
4/7/2023, 2:55:16 PM