幸せとは花の香りに似ている。
思いがけずにふわりと香って、その実体は掴めない。ああ、もうここにはないのだと錯覚する。
大切だと思っていた男に振られた夜、泣き腫らした目には痛いくらいに星が綺麗だった。
ひとしきり泣いて、嗚咽も枯れはて、まだ水分が抜けていく。このまま干し葡萄みたいになれたら滑稽だと思って、急に酒を煽りたくなった。庭についた銀木犀の花びらをむしりとり、ラム酒にぶちこむ。思い切り飲み干すと喉が焼けて、目眩のする香りが鼻を抜けた。
バカラのグラスは男から貰ったものだ。窓から放り投げてやれれば幾らか気分がいいと思ったけれど、地面に叩きつけられ散らばるそれよりも、今宵の空の美しさにはかなわない。冷たいグラスの縁に口づけて、最後の花びらを舌ですくう。
朦朧とする頭に潜む、触れたことのない未知の隙間に、私は確かに幸せを感じていた。
『幸せとは』
1/5/2026, 9:08:23 AM