「みんなが手を繋いで助け合ったら、この世の中は、どれだけ素敵なものになるだろう、と私は思います。」
いつか彼女がそう言っていた。
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俺は、この辺りの総長だ。
この辺りは治安が悪くて、なにかを守りたければ強くなるしかなかった。
どれだけ嫌でも戦って強くなければならなかった。
だから、俺はあれだけ嫌い喧嘩をまるで機械のようにこなし、この辺りで一番強い人間になった。
ある日俺は、いかにもお嬢様そうな奴に喧嘩を吹っ掛けてカツアゲしようとした。
いつもと同じように、
わざと肩をぶつけて、いちゃもんを付け、カツアゲまで持っていく。
そこまでは良かった。
でもその女は最後に
「大丈夫ですか?」
と、俺に言ったのだ。
最初は意味が分からなかった。
自分を殴ったり、蹴ったり、挙げ句の果てにカツアゲまでしたような人間に、大丈夫ですかなんて普通聞かない。
でも俺は気づいた。
こいつと俺は住む世界が違うことに。
「お前に心配される義理はねぇ。」
俺は、ぶっきらぼうに言ってその場から立ち去ろうとした。
でもその女は、話を始めた。
「一般的な考え方でいくと、私っておかしな奴に見えますよね。自分でも自覚しています。」
そう言ってその女は自嘲気味に笑った。
「でも、それは一般的な考え方です。多数派の意見がいつも正しいとは限りません。現に今も、誰かの個性を消そうとしているのですから。」
そう言ってその女はこちらを見た。
「もちろん、一般論が間違っているとは言っていません。ただ、人間は群がりたい生き物です。一人一人の個性があっても、目の前に大群があったら。その中に呑まれてしまうのです。」
彼女の話す一音一音が頭に響いて離れなかった。
始めて聞く内容なのに、なぜか知っている気がしたのはなぜだろうか。
「なにも群がるなとは言っていません。群がって互いに知恵を出し合って協力するのは大切です。だけど、今のままの形態で群がっていると、結局誰かが呑まれしまうでしょう。
だから、」
とそこまで言って彼女は言葉を一度切った。
そして、もう一度
「だから、横一列にみんなで並んで、
みんなで手を繋いで助け合ったら、この世の中はどれだけ素敵なものになるだろう、と私は思うのです。」
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いつか彼女がそう言っていた。
あの彼女は今、どこで何をしているだろう。
わからない。
でも、俺は彼女に救われた。
これだけは事実なのだ。
#てを繋いで
12/9/2022, 10:52:27 AM