「この世界は狂ってる」
机に突っ伏した男は、恨めしげな声でそう言った。絵に描いたような絶望ぶりである。
なんでもこいつは、つき合って1年の記念日当日に、彼女に振られたという。夜景の見えるレストランを予約し、プレゼントも買った。そうして、当日は完璧なデートプランを遂行するはずだった。けれども待ち合わせ場所に彼女は来ず、代わりに送られてきたのは『ごめん。他に好きな人できたから別れたい』という、たった二行のメッセージ。
そんな仕打ちを受けたのだから、こう荒むのもまあ無理もない。
「おいお前、そろそろ終電なんだけどなあー、みたいな顔してんなぁ」
男は顔を上げて、じろりと俺を睨んだ。すっかり目が据わっている。
「そんな顔してないけど」
「いいやしてるね。もー全部顔に出ちゃってる。どーせお前もおれのこと捨てるつもりなんだろ? おれにはわかる!」
「……お前ちょっと飲みすぎ。そのへんにしとけ」
俺は酔っぱらいの手から缶を取り上げた。酔っぱらいは小さく唸ると、ふたたび机に突っ伏した。脱力したまま、まだムニャムニャ何か言っている。
俺はため息をついて立ち上がった。キッチンの棚から引っ張り出してきたゴミ袋に空き缶を放り込んでいく。机の上に散らばったつまみのゴミや、酔っぱらいメンヘラ男が涙と鼻水を拭くのに使ったティッシュもまとめて片付けてやる。当の本人は机に伏したまま、いつの間にか寝息を立てていた。
こいつが女に振られて泣きついてくるのは、これが初めてじゃない。こいつは失恋するたびに、情けないくらい咽び泣きながら、聞いてもいない彼女への未練やら何やらを延々と俺に話し続ける。
俺はいい加減うんざりしていた。それは、この女々しい酔っぱらいに対してじゃない。自分に対してだ。
どこぞの女との惚気話を聞かされるたび、ほの暗い感情が胸の内で渦を巻く。手ひどく振られてしまえばいいのに。そうすればこいつは、一番に俺に泣きついてくるから。
そのたびに、俺はちょっと迷惑なそぶりを見せながら、そばにいてやるのだ。落ち込んでいる幼馴染を放っておけない、優しい友人のふりをして。
拗らせた執着を、いつまでも手放せずにいる。
【テーマ(?):この世界は】
1/15/2026, 2:41:06 PM