かたいなか

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最近最近の都内某所、某雨上がり、真夜中。
お題回収役の名前を後輩、もとい高葉井といい、
私立図書館の勤務であったため、月曜日が休館日、すなわち無条件の休日。
雨上がりの夜だけあって、この時期の東京といえど肌寒く、おでん屋台の酒とつまみが進む進む。

「でね、私、推しがツー様とルー部長だから、
めっッちゃ頑張ってお布施してー、
ガチャ回して、まわして、すり抜けて、
えーと、なんだっけ、何だっけぇ」

高葉井は完全にべろんべろん。
自分の推しゲーについて、店主はそれを知らぬだろうに、しかし何度も何度も苦労を話す。
要するにガチャで大敗したのだ。
己の欲しいものこそ完凸させたが、突っ込んだ金額が金額であり、それは非常に酷かった。

「それでねぇ、オジサン、あのね、なんだっけ、
芋焼酎コーラ割りもう1杯くださぁい」

雨上がりの寒さが酒の温かさと美味さをブーストさせているらしい。
「私、頑張ったの、欲しいものが欲しいのに、世の中が、運営様が、許してくんないぃ」
なんでだろう、なんでだろうにぇ。
カネが無いのに色々あった高葉井は、酒を飲まねばやってられぬ。しゃーない。

はいはい。コーラね。 おでん屋台の店主は焼酎とコーラを混ぜるフリして、実は氷水とコーラ。
これ以上は中毒が酷いだろうと、ドクターストップならぬ店主ストップをかけている。
「お客さん。今日はお代、まけておくから。
コレとシジミの味噌汁飲んだら、帰りなよ」

「うぅー。オジサン、おねがい聞いて、きいて〜」
ガチャがよほどの大敗であったのか、高葉井の恨み節はn+1巡目。
「世の中が、よのなかが、許してくれにゃい!
私が欲しいものを、世の中が、くれにゃい!
セチガライよ。あんまりだよ。ねぇオジサン」

「わかるぅ!」
途端、高葉井の隣で酒を飲んでいた女性が参戦。
「あたしも、それ、わかるぅ。
食べたいのに、楽しみたいのに、アンゴラさんが許してくれないもん。酷いよぉ。酷いよぉ〜」

飲もう、高葉井さん、飲もぉ!
隣の女性は高葉井に、高葉井同様ノンアルコールでしかないガラスコップを向けて、乾杯を促す。
「飲もうっ! きょうは、 のも〜う!」
ところで、あらあら高葉井の隣のあなた、
よく見てみれば高葉井の推しゲーの女性キャラに
随分と、ずいぶんと、よく似ていらっしゃる。
そうだ。たしか、「ドワーフホト」といった。
何故高葉井の名前を知っているのだろう?

というハナシなど、ベロンべロンのドゥルンドゥルンな高葉井は、頭が回らないので気にしない。
ただ目の前に推しゲーのキャラクターが現れて、
ルー部長でもツー様でもないけど良いやの精神。
「かんぱーい!ガチャも、完〜敗!」
ただ、雨上がりの真夜中の不思議を、純粋に嬉しがってシジミの味噌汁を飲み、
「二次会!二次会、生きましょー!」

カネを払って土産用のおでんを買い込み、高葉井の先導でもって二次会の会場にした先輩のアパートへ連絡ナシで殴り込んで、
「せんぱーい、ナマ、なまちょーだい!」
「先輩さぁん、美味しいおつまみぃ」
双方完全に出来上がっておるので、先輩側の小言もそっちのけ。ただ酒とツマミを欲しがる。

「なぁ、高葉井」
高葉井の先輩は酒の匂いにすべてを察して、冷蔵庫の中を確認しては肝臓に良い食材を探す。
「酔ってるお前に言うのも何だがな。
そのお連れ様、保護者には連絡してあるのか」

「おつれさまぁ?」
高葉井と女性は互いに互いを見て、
「しらなーい」
そして、満足そうに、にっこり。
「あのね。紹介しまぁす。私の先輩の藤森さん」
「お邪魔しまぁす。部長さんの、パトロンさんが、いつもお世話になってますぅ」
ああ、ああ。双方酔っておるのだ。藤森をどこかの部長のパトロンと呼んでいる。

高葉井の先輩はひとまずグラス1杯の水を渡して、
そして、リビングのテーブルを見る。
誰か座っている――「高葉井と一緒に酒を飲んでいた女性の保護者」である。
「この人で、会っていますか」

「おう。ガッツリ、本人だぜ」
高葉井の先輩が保護者に尋ねると、
保護者は保護者で、大きなため息を吐き、
「まったく。別にヒトサマに迷惑はかけちゃいねぇだろうけど、こんな遅くまでだな」
小言をポツポツ言って、女性をズルズル。
引きずって、アパートから退室してったとさ。
「わぁー。高葉井ちゃん、ばいばぁい」
「バイバイじゃねぇわ。『お世話になりました』だろ。ほら帰るぞ。寝るぞ」
「また一緒にぃ、おさけ、飲もうねぇ〜」

すべては雨上がりの真夜中の不思議。
オチは存在せず、特に意味もない。 おしまい。

6/2/2025, 5:15:20 AM