いろ

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【喪失感】

 目の前の写真をじっと眺める。焼香の煙臭さが、まだ鼻の奥に残っているような気がした。照れたように無邪気に笑う写真は、兄の友人が提供してくれたものだ。私の前ではあの人は、絶対にこんな表情を浮かべなかった。
 厳格、真面目、口うるさい。それが私の中のあの人の印象だ。事故で亡くなった両親の代わりに私を育てるのが、自身の義務だと思い込んでいた馬鹿な人。
 はっきり言って、あの人のことは苦手だった。もともと疎遠ぎみだった、半分しか血の繋がらない年の離れた兄にいきなり世話を焼かれたって、どう接して良いのかもわからない。だから病院から電話が来たときも、自分でも驚くくらいに冷静さを保てていたのに。
 悲しいわけじゃない。涙も出てこない。だけどあの人の小言を聞くことはもうないのだと思うと、空洞が身体の中心に開いたかのような奇妙な空虚さを覚えた。
(……ああ、そうか。これで私は本当に、ひとりなんだ)
 どうしようもない喪失感を抱えながら、私は兄の遺影の前でぼんやりと立ち尽くしていた。

9/10/2023, 9:53:14 PM