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 明日の予習を済ませたリュカは、ぐーっと伸びをした。
 入学して今日で二週間が経つ。
 復習、予習、復習。
(このサイクルにも慣れたけど、やっぱり春休みに先取りしてて良かった……)
 入学式の翌日早々に行われた試験の結果で、科目ごとに習熟度別にクラスが割り振られた。
 B、C、B、B、C。
 入試最低点ギリギリで合格したリュカにしては、3科目もBクラスに滑り込んだのは上出来だ。改めてこのようにランク分けされて落ち込まなかったといえば嘘になるが、前向きに捉えることにした。それに、春休みを少し犠牲にしただけで真ん中のクラスに入れたのだから意外とどうにかなるかもしれない。そう安易に捉えて、初めての授業を受けに教室に入ったのが地獄の始まりだった……。
 授業スピードは速く、予習していた範囲などゆうに超える。それでいて、教科書通りの問題を淡々と進めるのではなく、横道に逸れた内容もさらい、たまに授業とは全く関係のない雑談まであるのに、追いつかない。
「先生は普通だって言ってるけど、絶対速い」
「Cですら速いのに、ABなんてどうなってんだよ」
「席順的に次の授業で当てられるのわかってても怖すぎる。どうせ予習してもすぐ追い抜かれるからやめたけど、明日は流石に予習してから出る」
「予習なしで受けるのキツくない?でも宿題が少ないのは確かだけど、結局やること多いよな」
「入る学校間違えたわ」
 先日寮の談話室で、同じCクラスの同級生らとそんな話になった。スピードをはじめ授業に戸惑っているのは自分だけじゃないんだと安堵した一方で、彼らの退廃的な空気、まだ始まって二週間なのにもう俺たちは進級できればそれでいいという諦念のムードに危機感を覚えた。
(何のためにこの学校に来たんだ……) 
 与えられた物ではなく、何でも良いから自分で掴み取りたかった。習っていたピアノは好きだったが、4歳の時から続けてきた分、才能の有無がよくわかってしまった。それはそれとして弾くのは楽しかったが、趣味の範疇で収まったピアノではないな、と思った。
 そんな時にリュカが知ったのが、この学校だった。王国随一の普通科の名門校で、入学試験は最難関。それでいて、生徒たちは勉強以外にも力を入れて、部活動や課外活動、時には大学顔負けの研究活動に熱中し、各々が己の道を好きなように突き進む。自主性、自立。一言で言えばそういう言葉が当てはまるのだろう。
 順当にいけば神術士になれる。普通科の名門校と神術科の名門校。二つの学校案内を机に置いて、リュカは腕を組んだ。親はどちらも王立学校で教鞭を取る大神術師。大人の知り合いは数少ないはずの神術師・士ばかりという異質な環境で育った。ピアノよりも先に神術を教わり、神術のジュニア大会にも出場し、生活の中には当たり前のように神術が存在していた。そんな環境だったから、周囲は「あの子もいずれ親と同様神術士になるのだろう」という眼差しで見ていたし、それを期待していた。リュカ自身、そういう期待を裏切って普通科の学校に行ってもなお、いずれ神術士になるかもしれないと思っている。神術士になるには、国家試験を受けなければならないが、受験資格に規定はない。それこそ、リュカのように神術学校以外の出身者でも合格している人は少ないながらちゃんといる。
 一度離れた方がいいかもしれない。リュカはそう思い、神術関連から距離を置くことにした。
 



 それでもリュカは、不思議と心が躍っていた。きっとBクラスでも下から数えた方が早いだろうが、この学校に合格しなければあの濃密な授業に出会えることもなかった。



 入寮当初は狭い部屋だと思ったが、余計なものがない分勉強に打ち込むには最適だった。そういう意図でわざと狭い個室にしたのかもしれない。

6/5/2023, 9:24:52 AM