いつだって読書は、僕を幸せへ連れ去ってくれる手段だ。緩やかなようでいて存外速くカレンダーが捲れてゆくような物語は、一文、二文、読み解く順に感性が研ぎ澄まされ、情動は重くなりただ一途に、本を読んでいる自分という自意識さえも忘失して、その世界に酩酊できる。
嗚呼、姫よ。どうか悲しまないでください。 どうか笑って、私を見送ってください。姫の 頬にそうっと手を添えて騎士は一層深く微笑み ました。
まぶたの裏、空想で膨らんだ情景は波打ち際の落書きのように呆気なく、階下の歌声に搔き消された。やや昔の年代の歌だ。下手とも上手いともい言えぬ凡な出来映えで熱唱するのは、母親の今の彼氏だ。
──しょうもない。
込み上げていた情調も何もかも打ち飛んで、地面に唾を吐くような心持で本を閉じた。
遠くの街へ
2/28/2024, 12:42:13 PM