海の陽光
海の中から見る日の光は優しい光だ。暗く冷たい海の中をぼんやりと照らして、その輪郭はゆらゆらと揺れている。
(あたたかいな……)
海の精霊の頃なら、この美しく柔らかな光を見ることはできなかった。日の光の温度も感じることはなかった。
海の流れもとても穏やかで、僕を包み込むように優しく流れていく。時折、僕の真横を小魚の群れが通り抜けていく。僕が手を差し出せばその内の一匹が、僕の手のひらに。
魔女様と同じ深い青色の身体をした小魚だ。
「君、僕のところにいると仲間に置いていかれてしまうよ?」
小魚はすぐに僕の手のひらから離れて、仲間のもとへと去って行った。それからしばらくすると、遠くから鯨の声が聞こえてきた。
聞こえた方向へ顔を向けると少し離れたところに二頭の鯨の姿があった。その後ろをついて行くように一頭の小さな鯨が泳いでいる。
(親子か……)
その親子の近くまで泳いでいく。すると子供の鯨が僕に気づいて、じゃれついてくる。遊んで、というように差し出された頭を僕は優しく撫でてやる。柔らかく滑らかなその皮膚を僕は撫でる。子供の鯨が嬉しそうに声を出す。
「僕にじゃれつくなんてかわいいね」
少し離れたところで親の鯨が僕たちのことを見ていた。その目はとても穏やかで、まるで子供が楽しそうにしているのを見守っているようだった。
「ふふ、本当にかわいいね。ほら、お父さんとお母さんが待っているよ。そろそろ行っておいで」
また遊ぼうね、と言って頭を撫でると、子供の鯨は悠然と泳いで両親のもとへ戻っていった。鯨の親子の姿が見えなくなると青い海の中は僕だけになった。
水面を仰ぐと、日の光は変わらずそこにある。その輪郭はゆらゆらとぼやけている。暗い海の底まで届くことのない優しい光。月とは違うあたたかい光。
(……綺麗だな)
ゆらゆら。ゆらゆら。
あたたかな光と波に包まれて、ゆっくりと目を閉じる。
こぽぽ、こぽぽ、と。小魚が泡を吐き出す音が聞こえた。遠くでまた鯨の声が聞こえた。
(このまま、眠ってしまおうか……)
どれくらい時間が経ったのだろう。目を開けると、日は少し傾いていた。海の中も青から藍色へ、変化していく。
(そろそろ戻らないと……)
「あれ?人魚ちゃん、そんなところで何してんの?」
その声に振り返るとアルバートの姿があった。僕がここにいるのが意外なのか、いつもの余裕のある笑みは何処にも無い。むしろ驚いているようだ。
「別に。ここでぼんやりとしていただけ」
「ふーん?いつもならお姉さまの側から離れたりしないのに、珍しいな?」
「たまたまそういう気分だったんだ」
僕の答えにアルバートはますます不思議そうに首を傾げる。
「まぁそんなこともあるよな〜。それで?ここに来て何か収穫とかあったわけ?」
「もちろん。僕にとってはね」
「なら、俺にも教えてよ♪」
「それは嫌だ」
「酷くない!?」
7/2/2024, 11:03:34 PM