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『時間よ止まれ』

 まるで氷が溶け出すように、自分の体から力が流れ出していくのが分かった。天窓からは容赦なく陽の光が降り注ぎ、最早立ち上がるだけの力すら喪われ、仮初めの肉体が再び塵に還るのも時間の問題と思われた。
 倒れている私を、一人の冥闘士が執拗に蹴り続けている。先程殴り飛ばしたことを根に持っているようだ。生憎、今の自分には苦痛を感じる痛覚もなければ、叫び声を上げる喉もないし、命乞いの目を向けるための視覚すらない。只、彼の上げる汚らしい声を聞く聴覚だけが働いている状態だ。尤も、そんなこと彼には関係ないようだが。私を蹴ることで鬱憤を晴らしたいだけなのだろう。
 だがその時、天窓から希望の光が降り注いだ。それは冥闘士を吹き飛ばし、この暗い城にて燦然と輝いている。彼らが来たのだ。我々が未来を託した、希望に満ちた若き力が。
 その中の一人が放つ凍気はかつて私が授けたもの。私が育て上げ、私と戦い、そして私を超えた氷の聖闘士。目が視えなくても分かる。彼は幾多もの戦いを乗り越え、大きく成長していた。既にその力は私の知るものではなかった。その力を感じて私は安堵した。
 もう憂えることはない。彼と彼らは、必ずや冥王の野望を打ち砕き、地上に平和をもたらしてくれるだろう。叶うことなら自身の時間を止めて彼の成長とこれから歩む道を見ていたかったが、それは贅沢というものだろう。彼が私を見ていた。目が視えなくても、この耳と小宇宙さえあれば、彼の声は聞こえるし、私の遺志も伝わるだろう。
 私はこれからもお前を見守っている。お前は女神のため、地上のために、その力を振るうのだ。
 私は彼に微笑みかけながら塵へと還った。

9/20/2023, 12:09:15 AM