お痒

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…音が鳴った。

聴き慣れた鐘の音だ。

赤黒く錆びこけた針が指し示すのは日を跨ぐ0時、かつての美しさを失った時計塔はゴンゴンと鐘を鳴らしている。 この稚拙で酷く痩せこけた時を告げる鐘は、確かに鳴っている。耳を劈くような音が鳴り続けている。今日、僕は死んだ。

…ある日訪れることとなった終焉は、それはそれはあまりにも唐突であった。だが、人々はそれほど焦りもしていなかった。あまりに楽観的で気に止める様子も無い。

僕は周囲の人間があまりに恐れない様を見て、僕は身震いした。終焉よりも人間に恐れた。その恐怖は僕の体を徐々に染まらせてゆく。時計塔と同じ色の記憶が硝子の心臓を汚している。

…見えるのは白く無機質な空間。規則的に鳴る電子音が部屋中を埋めつくし、窓から見える紅葉は僕のことを愛することが無いのは分かりきっている。
今日、僕は死ぬ。曰く、"あの時計塔"が0時を指すときが僕の終焉らしい。やり残したことも後悔もここまで来るといよいよ諦めがつく。あとはこの身朽ち果てるのを待つだけだった。その筈なのだ。

…音が鳴った。

聴き慣れた鐘の音だ。

この瞬間に僕の生命は終わった。
心臓の鼓動はゆっくりと止まり、意識を遠のかせて行く。今日、僕は確かに死んだのだった。

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……「…ああ、気になりますか?実はあの患者さん、ずっとあんな調子なんですよね…毎日そこの振り子時計の音がなる0時になると死んだように眠るんです。…そして次の日の朝からまた同じ日を繰り返している…不思議ですよね」

入院初日で不安がる私に看護婦はそう答えた。
"振り子時計"が告げるは昼の0時、秋らしい紅葉は燃えるような赤を白くて無機質な部屋に照らしている。目の前で物憂げに時計を見つめる彼の目は酷く虚ろでとても人には思えない程痩せこけている。

「あの人には何が見えてるんですかね…」

赤黒く塗装された木製の振り子時計はガチャンという音を鳴らして0時1分を告げている。

私は、彼の恐怖に凍える横顔を眺めるしか無かった。



<時を告げる>

9/6/2023, 11:57:19 AM