下らぬ話1
俺自身のことでも、時には話そうか。まぁなんだ、最近は泣いてばかりだよ。一週間ぐらい。なぜって、そりゃ漠然と悲しくなるんだよ。…あるいは─────機会があればまた話すよ。よく分からないこともあるもんさ、何の理由もなく生きてるのと同じようにね。
俺は、時に自分が怖くなるんだよ。いや、もっと言えば、俺が〈俺〉でない感じがして。まぁなんだ、今日だって鏡をじっと観ている時間があった。目の前に立ってる、この男の顔。よく観てみると、どうやら俺じゃないらしい。はは、笑ってくれるな。何せ、俺が俺である理由はないんだ。よく考えてもみてくれ。高名な日本の哲学者である永井均が云うには、人は皆「独在」であり、その唯一の存在が〈私〉なるものなんだと。そして、興味深いのは、この世界にはザッと80億人は人間がいるんだ。それなのに、俺たちは交じり合う事はなく、つまり唯一の存在として平行のまま、暮らしてるんだぜ。ゆえに、我々はみな存在論的に孤独であり、自由なんだ。この〈私〉を誰からも完全に理解されない限りはね。
ああ、話がいささか逸れたね。…まぁつまりは、俺が〈俺〉でないってのは、ようはこの肉体と〈俺〉ってのは、まぁなんつーか、存在が別なんだよ。何を言ってんだって話かもしれんが、言葉によって〈俺〉を示したとしても、言葉ってのは、結局は誰かに伝わるもんだろ?しかも、不完全な形で。ってなるとさ、じゃあ〈俺〉を完全に示せる原理は?つまり、言語という媒体よりも優れた、上位の原理は他にあるのか?って話になるじゃん。それがさ、ないんだよ。現時点ではね。じゃあなんだ、俺が〈俺〉であるという事実だけが残るわけだ。ならば、鏡に"映る男"は〈俺〉を映しているものなのか?結局は、鏡という媒介(Vermittlung)を用いて、"身体"を映しているに過ぎないだろ?じゃあ、これは〈俺〉なのかよ?分かんないだろ?ゆえに、俺が不確かな存在に見えてくるのさ。まぁ分かんなくたっていい。言葉ってのは限度があるんだ。俺の言いたいことは、頭で理解するんじゃなくて、心で感じてくれ。分かんないならそれでいいさ。
X @Dasein_7539
3/26/2026, 6:55:43 PM