【夜景】
海沿いの街の小高い丘の上に建てられた、高層ホテルの最上階。眼下に広がるガイドブックにも紹介される夜景を眺めながら、僕は手の中のワイングラスを転がした。
こんな景色、飽きるほど見てきた。今さら感動なんてできないし、たいして美しいとも思えない。だけど。
「ねえねえ、昼間行った灯台ってあのへんだよね?」
アルコールも入って気分が高揚しているのか、いつも以上にはしゃいだ君が窓の外を指差す。すごい、綺麗、なんて馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返す君の横顔を見ていると、目の前の夜景が本当に価値のあるもののように思えてくるから不思議だ。
「ガイドブックには宝石箱みたいな夜景って載ってたけど、どっちかって言うと星空みたいじゃない? 空にも地面にも星があるなんて、すっごい贅沢! 連れてきてくれてありがとう!」
満面の笑みを浮かべた君は、すぐに窓ガラスにべったりと張り付いて熱心に夜景を見つめ始める。
「……いいんだよ、別に。僕が綺麗なものを見たくなっただけだから」
この世で一番美しく輝く君の表情を、特等席から眺められる。世間でもてはやされる夜景なんかよりも、僕にとってはそちらのほうがよほど至高の光景だ。
窓の向こうに広がる街の明かりを反射してキラキラと輝く君の瞳を見つめながら口に運んだワインは、この上もなく甘美な味がした。
9/18/2023, 9:55:33 PM