薄墨

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肉の甘さを噛み締める。
ああ、素晴らしい生活だ。

時間をかけて味わう。
纏わりつくような肉の甘さも、口の中で反発するような弾力も、はち切れんばかりの舌触りも。
君と一緒にいる証だから。
しっかり味わわないと。

私が動けるスペースもだいぶ狭くなった。
体が大きくなったから。
君の食べる量も、動く量も増えた。
もうすぐだ。
もうすぐ私は、日の目を見れる。
私と君の関係は逆転する。

私は君と一緒に、外の世界へ出ていける。

皮膚に酸素が張り付くこともなく、足や体が十分に伸ばせないこともない、自由で明るくて厳しい、外の世界へ。

そのために私は大きくならなくてはならない。
だから、私は食事を続ける。
肉を食いちぎり、丁寧に、丁寧に、君を取り込む。
君と一緒に、広い空の下に出るために。
君と一緒に、大人になるために。

君と逢えたのは運命だと思う。
私は、生まれて、君に卵を産みつけられた時から、君が好きだった。
あの、みずみずしい鮮やかな緑と、てちてちと規則正しく動く、あの足が好きだった。
体の中の、温かくて優しいあの振動が好きだった。
私は君の隅々まで好きだった。

だから私は君の中で羽化をする。
君の願いも、苦悩も、悲しみも。
君の肉も、血も、酸素も。
全部噛み締めて、君の中身をすっからかんにして、君の希望を願いを叶えてあげる。

キャベツ畑から飛び立ちたいという、君の夢を。

一緒に叶えよう。君と私で。

私は今日も君を噛み締める。
君の体内の中で、君の肉の甘さを噛み締める。
君の吸った酸素に生かされて、君の気持ちに共感しながら。

私は君と一緒に私になる。
君と一緒に、成虫になる。

私は肉の甘さを噛み締める。
ああ、素晴らしい生活だ。
でも、そろそろ変化が欲しい。
私と君の生活に、青い空が、新鮮な空気が、君を体内に収めたという満足感が、華が欲しい。

私は君の甘さを噛み締める。
羽化の季節はもうすぐそこまで来ている。

1/6/2025, 2:25:35 PM