桜散る春の夕暮れ。
会社から帰宅路にある公園の前で足を止める。
陽の光を受け返しながら散る花びらは、星の瞬きのようで思わず目を奪われる。
「…綺麗」
「そうですね」
いつの間にか、隣にいた学ラン姿の少年が呼応し頷いた。独り言を聞かれた恥ずかしさと、急に現れた少年に驚愕し、目を見張った。
「ここ、桜が綺麗なんですけど、あまり知られてないみたいで穴場スポットなんですよ。ほら、人も全然いないでしょう?」
「そう、みたいね」
落ち着いて話すその横顔に、桜以上に目を奪われた。
花束を握る手が汗ばむ。
「近くに線路があるから、電車が通ると叫んでも聞こえづらいんですよ。…この道を人が通らない限り」
「…っ!」
抑揚のない声が不気味に響く。何も答えない私を見透かしたように少年は続ける。
「1年前の今日、僕はここで刺されました。犯人は、学生を狙った愉快犯だったそうで、すぐ捕まりました。誰でも良かったんですって。」
少年の声と自分の鼓動が耳の中でぶつかり合う。
「そして、その現場を見ていた人がいたんです。
犯人はそれに気付かず、すぐに逃げて行きました。
けれど、僕はまだ生きていた。電車が通ったけど、
最後の力を振り絞って、叫んで、たすけを求めた。
……あなたに」
ゆっくりとこちらを向く少年。
「どうしてあの時助けてくれなかったんですか?その菊の花は、どういうつもりで持ってきたんですか?」
視線を落とすと少年の腹部は、学ランにシミを滲ませていた。
「あの日、あなたが僕の声を聞いて動いてくれたら、こんな事にならなかったのに…っ」
どうして、という恨み聲と共に風が強く吹いた。
目を閉じて、風が止むのをひたすら待った。
再び目をあけると、そこに少年の姿はなく、
ただ桜が静かに散るだけだった。
4/18/2024, 5:19:51 AM