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 親が頑固だと子が苦労する。僕の家はその典型だ。一面田畑の田舎から、さらに山を登った林の中。切り拓かれた少しの空間にポツンと立つ山小屋が僕の家。獣臭漂う山小屋には、歪んだ机と椅子に石造りの台所、それとこの田舎でしか信仰されていない山神様の狐と狸の像が壁際少し高くなったところに置かれている。食事は大体狩猟で狩った鹿とか猪、そこらに生えてる山菜ばかり。変わり映えのない味にもう飽き飽きしている。
 それでも学校に行く時だけは解放される。全校で二桁ギリギリいくかぐらいの田舎学校だけれど山の中に比べればびっくりするぐらいに文明が発達しているのだ!
 家にはほとんど形ばかりにしか引かれていない電気水道がしっかり通っていて、比べようもないぐらい快適。何よりもトイレが流れるのがいい。それと電波、これは僕の家には通ってない代物だ。なんでもみんなが持ってるスマホっていうので色々するのに必要な何からしい。当たり前のことなんだって。
 おとーさん、僕もスマホほしい。ねだってみたけどスマホって何?だし電波もないからもちろん買っては貰えない。おかーさん、僕この家嫌だ。山の外で暮らそうよ。そう言っても、この家から出ていくことはありませんなんて頑固だ。
 小学校も中学校も、朝早くに家を出て、学校に行って、放課後遊んで、でも友達よりちょっと早めに家路について、暗い山道を駆け上がって帰っていく。小さい頃は当たり前だったけど、中学にもなればそれはおかしくて、不自由で、もう嫌だって思いだす。

 だから高校には勝手に受験してやった!
 いつも通ってた田舎には中学までしかないから高校からはもっと大きな街通いだ。流石に山から通えないから引っ越すしかない。僕は高校から一人暮らしをしてやるのだ!
 邪魔されないようにこっそりこっそり準備した。稼ぎ先はわからないけど親はお金をたくさん持っててお小遣いもいっぱいくれていたから質素なアパートを借りるぐらい十分。僕が街に行く時間は取れなかったから友達に手伝ってもらってなんとか生活できるようにして、それで引越し当日に、街で一人暮らしするからって言った。
 案の定怒った。勝手なことをするなってぶたれた。猪を仕留めるような手で人を殴るな!僕も人生で一番反抗して、椅子をぶん投げ机を割ってやった。狩用の鉈を持ってくるな!こんなに反抗してもダメダメ言ってくる親にもう嫌気がさして、全部が馬鹿馬鹿しくなって、いつも丁寧に飾ってあった山神様の像もバキッと折って家を飛び出した。

 あれから半年。僕は引きこもりである。ホームシックだ。あんなに威勢よく飛び出してきたせいで帰りづらいから我慢していたが、辛い。引きこもるぐらいには辛い。
 田舎のさらに上位互換の暮らしを舐めていた。街とは勝手が違いすぎる。人は多くて酔いそうだし、食べ物は総じて味が濃い上に不味い。野菜は薬の味しかしない。何より街の明るさがキツかった。朝から夜まで何かしらが光っていて、しかも赤やら青やら色付きで光っていたりするのである。山の暗闇に慣れた目には眩しくて刺激が強くてたまらなかった。
 一度家に帰ろう。半年経って漸くその決心がついた。あの家でこの先も暮らしていくのは断固拒否だが、少しづつ慣らしていかないとどうしようもない。
 古びて色落ちしたバスに乗って一時間と揺られれば見慣れた田舎の景色が見えた。たった半年だがどうも懐かしい。バス停を降りた先で声をかけられる。あ、友達。街暮らしの手伝いをしてくれた大親友だ。
「久しぶり!街暮らしはどうだ?」
「久しぶりー、全然慣れないよ」
「わかるわー、何でもかんでもガチャガチャしてるもんな。にしてもここに来るなんてどうした?親父さんらは?」
「え?いや実家に顔出そっかなって。とーさんなら今頃狩猟でもしてんじゃないかな」
「は?」
「なんだよ」

「お前、昔の土砂崩れで家無くなったから街に引っ越したんじゃん。あそこだったろ?」
「、え」


 知らない場所だった。友達が指差した土に埋もれてほんのちょっと瓦の見えるあの場所なんて知らない場所だ。僕の家は通うのも面倒な山の中で、嫌だ嫌だって散々愚痴ったじゃないか。一人暮らしするから手伝ってくれって頭を下げたじゃないか。
 何年も通った山道はもう目をつぶってだって家の場所にたどり着ける。木々を切り拓いた木漏れ日さす空き地。この先。家が、ない。
 ぽっかりと空いたその空間には家もなければその痕跡もない。悪い夢でもみているんだろうか。全てが消え去ってしまっていた。呆然として、同じはずなのにやけに広く見えるその空き地をフラフラと歩く。確かにここは僕の家だった。

━━コツン

 足先に何か当たった。割れた狐と狸が落ち葉に埋もれるようにしてそこにあった。
 唐突に、すべてを理解できた気がした。そうか今までの全ては、ああそうかそうだったのか!知らずに涙が溢れる。なんだって理解した気がするのに、なんだってわからなくて、わからないから涙だけが溢れた。
 泣いて泣いて泣き伏して、割れた狐と狸は今や一つとなってしまった帰る場所に持っていくためにそっとポケットに仕舞い込む。山を下ってバスに乗って山から遠ざかっていく。もう夜も更けてきた頃だが街はギラギラと眩しかった。
 バスを降りれば待ってましたとばかりのちょうど良さで葉っぱが一枚頭に乗って、気の抜ける音と共に視界が暗くなる。

 僕はこれから、この街の明るさの中を生きていくしかないのだ。

 アパートには割れ目の残った狐と狸。僕の顔には黄色と茶色のシマシマフレームでダッサいサングラスがそれからずっと置かれているのである。


『街の明かり』

7/8/2024, 2:50:57 PM