「仲間、ねぇ?」
にたり、と唇の端を歪めて笑う。
「キミたちの言う仲間とやらは、キミたちにとっての都合の良い存在の事かな?必要な時だけ甘い言葉を囁いて、それ以外は忌避する。そんな使い棄ての人形の事を言っているのかい?」
腕を広げて大仰に語りかければ、目の前の少年少女達の肩がびくりと震え。
隠しきれない恐怖をその目に認め、噛み殺しきれなかった嗤い声がくつくつと漏れた。
「残念ながら、ワタシはキミたちを仲間と思った事は一度もないんだよ。良いように使われるのは業腹なんだ。綺麗事を並べ立てているのを聞くだけで、虫唾が走る」
「なんで、そんな…」
呻くような微かな声。
親友だと宣った少女が、目に涙を浮かべながら一歩、前に出る。
それを見遣って、笑みを消し。冷たく見下ろしてやれば、途端にそれ以上進む事はなく立ち止まった。
「何で?何が、何でなのだろうね。一体何に怯えているのか。見当もつかないよ」
「っ、あなたは、誰?あの子じゃない。あの子がそんな事言うはずがない!」
「あの子?一体誰を言っている事やら。ワタシはワタシだ。違うと叫ぶのなら、それはキミたちが人違いをしているだけの事さ。大勢で押しかけ、剰え人違いとは…恥ずかしいものだね。ワタシなら、二度と外を歩けなくなってしまうよ」
肩を竦めて、わざとらしく首を振る。何人かはそれに対して目に怒りを乗せてはいるが、何か言葉を発する事はない。
下らないな、と鼻白む。
最初から気乗りしないやりとりに、すっかり飽きてしまった。もうこれ以上彼女達と話す事に意義を感じない。
覚めた気持ちを抱きながら、それでも表情はこのやりとりを愉しんで、笑みが浮かぶ。
もっと、と彼女達に向けて手を差し出し、優しく声をかけた。
「可哀想に。あの子とやらの代わりに、話し相手くらいにはなってあげよう。キミたちとの会話は、中々に楽しいものだからね」
「うるさい!あの子はどこ?どこに隠したのっ?」
「さて?ここにはいない。ならば、どこにもいないのと同じだろう。一度棄てたものは、二度と戻らない。そういう事さ」
複数の息を呑む音。
誰が最初か。後ずさり、そのまま逃げるように立ち去る一人に続いて、皆一様に去って行く。
最後に残った少女も、何か言いたげではあったものの、結局は他の皆の後を追って走り去ってしまった。
「残念だな。もう少し語り合いたかったものだが」
一欠片も思っていない戯れ言を呟いて。
彼女達が去った事を確認して、踵を返した。
「面白い呪いね」
「嘘つきの呪いよ」
「複雑な呪いなのね」
「でも解いてしまえるわ」
「ワタシとしては、このままでもまったく構わないのだけれどね」
同じ顔をした二人の童女の言葉に、肩を竦めてみせる。
「嘘になったわ」
「話す言葉が反対になってしまったわ」
何か話す度にきゃらきゃらと楽しそうに笑う二人に、これ以上は何も言えず。ただ目の前の二人の間で形を変え続けるあやとりの紐を、ぼんやりと眺めていた。
青とも緑とも取れる不思議な色の紐が色を濃くする度、喉を締め付ける何かが薄れていく。歪んだ言葉が正しい形を取り戻していく感覚に、ほぅ、と吐息を溢した。
「これで最後ね」
「船に乗ってさよならね」
紐が正しく取られ、船を形作る。
青でも緑でもない、黒に似た船が浮かんで消えて。喉の違和感がなくなった。
「ありがとう。助かった」
「元に戻ったのね」
「嘘つきではなくなったのね」
喉に触れる。何度か深く呼吸をして、離れた場所で様子を見守る少女の元へ歩み寄った。
「問題はなさそうだね」
「大丈夫そうだ。締め付ける感覚はないし、今も言葉が歪まない」
「呪いは紐に編まれたもの」
「ちゃんと解けたのだから当然よ」
「うん。しっかり解けているよ。上手になったね」
少女の元へと駆け寄る二人の頭を、少女は優しく撫でる。
それを横目で見ながら、鞄に入れていた封筒を取り出した。
「今回のやつ。少し色を付けておいたよ」
頭を撫でられて笑う二人の片方に封筒を手渡す。
きゃあ、と上がる嬉しそうな声に、つられて笑みを溢した。
「気前がいいね」
「どうしようもなくて困っていたんだ。これくらいはさせてほしい。思っている事と真逆の言葉が出てしまうから、何をするにも一苦労だったんだ」
「だろうね。そんな珍しい呪、何処で引っかけてきたのさ」
「どっかの山奥。さっきまで来てた部活の仲間と行った肝試しから帰ってきたら、こうなってた」
浮かべていた笑みに、疲れが滲む。
半ば無理矢理参加させられ、ナニかと遭遇した。
皆恐怖でパニックになっていたとはいえ、一人取り残されてしまった時には彼女達を恨めしく思ったものだ。
「結構酷い事を言ってしまったから、もう皆と仲良くは出来ないんだろうな」
「もう仲良く出来ないのかしら?」
「お話も出来ないのかしら?」
「どうかな。皆逃げて、戻ってこないからね」
今も、あの時も。
仲間と言いながら、戻ってくる事はなかった。子供だから仕方ないと思いはすれど、やはり寂しい気持ちは隠しようがない。
「それは呪ではないから、君がどうにかするしかないよ」
「分かっているよ」
「頑張って…それじゃあ、戻るとしようか。行くよ、おちび」
はい、とそれぞれ返事をする二人と少女に、ありがとう、と感謝の言葉を述べる。
それに頷き答える少女達を玄関まで見送るため、後に続いて歩き出した。
「そうだ。聞いても良いかな」
「何を?」
玄関扉を開け、外へと出て。
少女が不意に振り返る。
「あの子とやらは、一体何処へ行ったの?」
息を呑む。
唇を噛みしめ、こみ上げる思いを押さえ込み。
夜の山。か細い泣き声。蹲る傷だらけの小さな体。
目を伏せて、愛しげに己の腹をさする。
「さてね。何処に行ったのやら」
顔を上げて、嘯いて笑った。
20241211 『仲間』
12/11/2024, 10:09:53 PM