※ホラー
「手を貸してほしいの?はい、どうぞ」
くすくすと笑う子供の声と共に降る、無数の手。
血の気の失せた青白い、大小様々な硬くて冷たい手首。
頭に、肩に、当たって地に落ちて。床が白い手で覆われていく。
降りしきる手を掻き分け、部屋にある唯一の扉の前へ何とか辿り着く。
今度こそはと、扉に手を掛け押し開く。
けれど、
開いた扉の先も、今までと同じような無機質な部屋。
異なるのは三方それぞれに扉がある事のみ。
帰りたい。
そうは願えど、言葉には出来ない。
願いを言えど、意図しない返答が来るからだ。
出してほしいと言葉にすれば、部屋の底が抜けて血だまりのような暗い部屋に落とされ。
助けてほしいと言葉にすれば、先ほどのように不気味な白い手が降ってくる。
とはいえ言葉にせずとも、さほど変わりはないのだが。
ひび割れた耳障りな歌が響く部屋。
夜の墓場を模した部屋。
まれに現れる、何もない部屋。
いくつもの扉を潜り、いくつもの恐怖を体験した。
それでも出口は見当たらず。
溜息を吐きながら、部屋の中へと足を踏み入れる。
選ばせるのが目的ならば、それ以外は起こらないだろう。
扉は三つ。白、黒、赤の選択肢が三つ。
悩んで、結局白の扉を選択し、開けた。
「…出口?」
昏い部屋。その先にある扉の上に書かれた一言に目を見張る。
出口。この繰り返しの恐怖の終わり。
ふらりと足を踏み入れ、扉に向けて歩き出す。
やっと終わる。今度こそ帰れる。
安堵に漏れる息。
けれどもそれは部屋のあちらこちらから聞こえる軋んだ音に掻き消されて。
「こうしていくつもの苦難を乗り越えた勇者様は、最後に訪れた国で人々と手を取り合い、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
物語を語るような子供の声。
慌てて周囲を見渡せば、部屋にはいくつもの顔のない人形の姿。きしきしと歪な音を立てながら、互いに襲い掛かり、『手』を取り合った。
「ひっ」
咄嗟に身をかがめ、襲いかかる人形から逃れる。
辺りに飛び散るのは人形の手首。それだけでは飽き足らず。様々な人形の部位が飛び散り、周囲を赤く染めていく。
体に染み込む赤い何かに顔を顰めながら、扉に向かい必死で這っていく。
あと少し、あと少しでこの悪夢が終わる。
その思いを思いだけを希望に、ようやく辿り着いた扉に手をかけた。
「あ。脱出おめでとー」
満面の笑みを浮かべる子供。それを視界に入れ、ようやく終わったのだと実感する。
長かった。本当に恐ろしかった。
「お疲れー。冷菓があるよ。食べる?」
「なっ!?」
差し出されたのは先ほどの手首。思わず後退れば、首を傾げて手にしたそれの指を噛み切った。
しゃりしゃりと、想像していたものとは違う音。よく見れば手首の形をした菓子だと気づき、その場にへたり込んだ。
「これは中身シャーベットだけど、アイスもあるよ。どれがいい?」
「いらね。そんなリアルなモン食えるか」
「えー。ひんやりしたいって言ったのはそっちじゃん」
不満気に膨れる子供に、何も言い返せず押し黙る。
確かに言った。最近の暑さに我慢が出来ず、納涼を求めたのは、間違いなく自分である。
だがしかし、いわゆるホラー脱出ゲームなんて求めてはいなかった。
「最近の流行りなんでしょ?こういうの。頑張った甲斐あって、結構自信作なんだよ!特にこれとか」
手首の形をした冷菓を手に、胸を張られ。
そう言われてしまえば、何も言えなくなってしまう。
「あー。すごいな。本物みたいで驚いた」
「そうでしょ、そうでしょ!もっと褒めていいんだよ」
さらに胸を張り、褒めろと言わんばかりの態度に。仕方なく立ち上がり、側に寄ると乱雑に頭を撫でた。
途端にくふくふと笑う、この『マヨヒガ』の主の満足そうな様子を見て。
早急に正しい世の中の流行りというものを教えなければと、密かに決意をした。
20240715 『手を取り合って』
7/15/2024, 4:34:33 PM