窓からはまだ水が滴り落ちていた。
雨は上がった。
外の景色は、しわも伸ばしていない洗い立ての洗濯物のように、すっきりと洗われて、しわくちゃのまま、晴れた日差しの下に晒されていた。
義肢の接合部の金属が、小さく軋んだ。
そよ風に、重たそうに雨粒が揺れていた。
さっきよりもずっとおとなしくなった風が、葉を揺すっている。
雨樋から落ちる雨粒を数えて、煙草を咥える。
グラス棚の透明感を測り、酒瓶とシェイカーを並べる。
つまみの軍時用チョコレートの数を確かめてから、カウンターのラジオのアンテナを伸ばし、つまみを捻る。
ジジッ
軽いノイズの後から、戦況報告やプロパガンダCMがなだれ込んでくる。
ベッドのシーツの皺を伸ばす。
テーブルを軽く拭いて、カウンターに戻る。
煙草に火をつけて、窓の外を眺める。
ここに来てから、もう一年が経とうとしている。
国境間際の、環境があまりに開拓に向いてなさすぎて、奇跡的に戦線になっていない山岳の空白地帯。
戦場から退いて、ここに密やかに店を開いてから、もう一年。
戦線から逃れたり、最期を迎えようとしたりしている兵士のために、こんなバーを開いてから、もう一年が。
経とうとしている。
雨上がりの外景は、すっきりと洗いたてで、鮮やかだ。
日の明るい光に照らされた外を眺めながら、暖炉に火をつける。
おそらく、今日ここで飲み食いできる人間は、みんな冷え切って、血色の失せた白い指先をしているだろう。
雨上がりの外は、美しい。
特に、さっきの、風もあるような大雨の後は。
全てが洗われ、吹きさらされ、擦り合わされて、すっかり綺麗に流されるから。
しかし、当事者の人々が、そんな美しさに気づくことはない。
戦場の風景はいつどこだって、灰色なのだ。
だから今、雨上がりの美しさを堪能しようと思ったら、戦争に関係のない場所に行くしかない。
ここのような。
ここはこの辺で唯一、雨上がりを楽しめる場所だ。今のところ。
ミルクパンを火にかける。
温かいスープでも、作っておこうと思った。
トマト缶やインゲン豆の缶詰を、鍋の中にぶちまける。
雨は上がった。
雨上がりの青々とした空が、窓の外に広がっている。
洗い立てのシャツから洗剤の香りが立つように、抜けるような雨の香りが、まだしている。
くつくつ、と、鍋の中が俄かに騒ぎ出す。
あまり美味しくはないが温かい香りが、少しずつ立ち上り始める。
煙草の煙が揺れる。
ガタンッ
ガラン
扉の向こうから音が聞こえた。
6/1/2025, 3:01:41 PM