しとしと。
耳を澄まさないと聴こえない程のそれが意識の中に入り込んでくる。
ページをめくる手を止め窓の外を見れば、雨が静かに降っていた。
手元の本をもうちょっと読み進めたかったけれど、雨がこれ以上強くなる前に帰った方が良いと判断した私は、開かれたページにスピンを挟み荷物をまとめて教室を出た。
先週梅雨に入ったばかりのこの街は、雨特有の匂いと湿気を漂わせている。
お気に入りの傘が長く使えることは嬉しいけれど、髪は跳ねるし靴は濡れるし正直少しだけ憂鬱な気分になる。
止む気配のない空を伺いながら下駄箱へと向かうと、見慣れた人影があった。
「…もしかして傘無いの?」
後ろからそっと話しかければ、目の前の人物は勢いよくこちらを振り返る。
「あ、えっと、そう、ですね…すみません…」
大きい背に似合わないくらいのしょぼんとした姿を見て、なんだか笑いが込み上げてきた。
「どうしてすみませんなの笑
良かったら一緒に帰る?」
そう声をかけると、彼はバッと顔を上げたあとすごく嬉しそうに首を縦に振った。
私と彼の関係性は、同じ委員会の先輩後輩。
そして最近は告白された人と告白した人、振った人と振られた人も追加された。
私は明るく気遣いができる彼のことを後輩としてとても気に入っていたけれど、そこに恋愛感情は無くて、告白された時はおおいに戸惑ってしまった。
そんな私の様子を見た彼は、自分が言いたかっただけだから忘れてほしい、これまで通り仲の良い先輩後輩でいたいと言ってくれた。
それに甘えて私は彼と一緒にいてしまうのだけれど、何となくそれが良くないことも分かっていたし、自分の気持ちが揺らいできていることも分かっていた。
でも一度振っているのに都合が良すぎやしないかと、私はこの気持ちを彼に伝えることを躊躇っている。
「傘入れてくれてありがとうございます。先輩濡れてないですか?」
少し高い目線からこちらを見て声を掛けてくれる彼の顔をまじまじと見た。
私の小さい傘に収まって、私が濡れないように一生懸命こちらに傾けてくれている彼の肩が濡れていることを知っている。
そんな優しさがあることも、綺麗な顔をしていることも、可愛いように見えて意外と男らしいところも全部全部知っている。
私がこの想いを我慢できずに彼に伝えてしまう日はそう遠くないのかもしれないと思った。
そういう、物憂げな空の帰り道だった。
2/26/2023, 9:57:02 AM