与太ガラス

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 カラランカラン…カラランカラン…!!

 乾いた寒空にハンドベルの音が響いた。

「おめでとうございます! 4等、100円分の商品券です!おめでとうございまーす!」

 年忘れ大福引き大会は、この商店街の年末の風物詩となっている。今年もたくさんの人が列を成し、この福引きを楽しんでいた。

 福引き抽選器の後ろには福引券を受け取って案内をする男性、隣にはハンドベルを持った女性が並んでいた。

「あのー、すいません、鳴らさないでもらっていいですか?」

 いま福引きを引いたばかりの男が注文をつけた。

「は、はい?」

「ベル、鳴らさないでもらっていいですか?」

「いや、でも、あの4等当たったんで」

「だから4等でベル鳴らさないでください」

「なんでですか、当たりじゃないですか」

「いや4等の賞品、なんて言いました?」

「100円分の商品券です」

「めちゃくちゃハズレやないかい! これ福引券、一枚もらうのに1000円以上の買い物が必要なんですよ、全然損してるじゃないですか」

「そんなこと言われてもなぁ、金券ですからね」

「だから、ベルを鳴らさないでくれたらいいんですよ。あー100円分かぁ、って思うだけだから。これを当たりって言われるといやいや違うでしょ、と」

「宝くじだって300円で当たりですよ」

「300円当たりって言うやつおらんねん! あんなんおもんないおっさんが『オレ宝くじ当たったよ、300円』って言うためだけにある賞やねん、しょうもない」

「でも参加賞が箱ティッシュですよ、これがハズレでしょ」

「なんならそっちの方が嬉しいわ! いま紙も高くなってるからね!」

「いやです」

「え?」

「4等でも鳴らします」

 静かにやり取りを聞いていた女性がしゃべり始めた。

「いや、3等からでいいでしょ」

「私、今日これを鳴らしに来たんですよ! これが私の今日の仕事なんです!」

「だから3等から鳴らせばいいじゃないですか」

「いやだ! これ見てください」

 そこには福引きの当選本数リストが書かれていた。

「1等 電動自転車 1本。2等 最新オーブンレンジ 2本。3等 空気清浄機 5本…」

 3等までで合計8本だ。

「少なすぎるでしょ! こんなに寒い中、一日中ここに立って、仕事8回!? ここの商店街、しょっぱすぎるでしょ!」

「しょうがないのじゃない。みんなこのご時世で商売も大変なんだから」

 興奮する女性を男性がなだめる。

「で、4等は?」

「100本」

「多すぎるでしょ! 逆に多すぎるって! あなたずっとベル鳴らしてることになりますよ?」

 福引きを引いた男性はリストを見てあることに気づいた。

「え? これ電器屋さんの負担大きすぎませんか? これ全部、電器屋さんの協賛ですよね」

「あ、私がこの町の電器屋です」

 福引きを担当していた男性が手を挙げる。

「ああこの人だった! え? あ、でも電動自転車は自転車屋さんか」

「自転車屋さんは昨年潰れました。それもウチで扱っています」

「あ、全部電器屋さんだ!」

「今年はどこも協賛してくれなくて」

「もう電器屋さんの福引き大会になってる! かわいそうになってきた」

「私、この日のためにハンドベルの練習をしてきたんです」

「え?なんですか?」

「ハンドベル教室に通って、猛特訓してこの日に備えてきたんです!」

「どうかしてますって、そんなんやる人いないですよ」

「いまではハンドベルを完全にマスターして、ハンド ベル子の芸名で活動しているんです!」

「意外と安直なネーミングですね」

「だから、1等が出たらこの曲を披露するつもりなんです」

 そしてベル子はどこからか8つのハンドベルを取り出すと、たった一人で鮮やかにベートーベンの第九を奏でたのだった。

「もうそれで稼げるって! 全国の福引き会場回ってこい!」

12/21/2024, 12:50:10 AM