10/28 「暗がりの中で」
「光が存在するためには闇が必要だ。私はそう思ったのだ」
命の源である魔結晶を砕かれ、その存在が光となって消えていく僅かな間、魔王が語ったのは一人の青年が最悪の魔王と呼ばれるに至るまでの物語だった。
「私の生きた時代は所謂、平和な時代だった。人類を脅かすほど強大な敵はおらず、魔術の発展により病魔や天災さえも克服しかけていた」
今の時代では考えられないほどの平穏な時代。しかし、それを語る魔王の顔はその言葉とは反して心底忌々しげだった。
「平和な世界。誰も傷つかなくていい世界。そんな世界が実現した時、次に人類は何を始めたと思う?」
分からない。
俺はそう答えた。
俺が生まれたその時からこの世界は滅びの危機に瀕していた。
人々は常に日々を生きる為に死力を尽くしていた。
それでも唐突に降り注ぐ理不尽が嘲笑うように全てを壊していく。
そんな世界が嫌で俺は旅にでたのだ。
だから、俺には魔王が何を言わんとしたかなど分からなかった。分かりたくもなかった。
そんな俺の答えにひどく満足そうに魔王は笑った。
「世界なんてものは適度に滅びているべきなのだ。平和は人を腐らせる。外敵と悲劇、適度な絶望こそが人が最も美しく輝くために必要なものなのだ」
ひどく身勝手な言い分だ。
この旅を始める前の俺ならば躊躇いなくそう吐き捨てただろう。
けれど、今はそうではない。
この旅を通して多くの国や集落を訪れた。
中には立地や環境から限定的ではあるが所謂、平和というものを手にした国や集落も少なからずあった。
そして、そこでは何が起きていたのか俺は知っている。
だから、今の俺にはただ魔王の言葉を否定するという簡単なことが出来なかった。
「私はね、闇になろうと思ったのだよ。人類を脅かす圧倒的な闇に。人々が僅かな希望にすがりながらも美しくもがけるように。私という脅威に対して団結し、一丸となれるように。そうして私は最悪の魔王と呼ばれるに至ったのだ」
魔王は甘美な夢でも見ているかのように、喜びに満ちた声で虚空に手を伸ばす。
その焦点は既に合っていない。
あれ程までに強大だった存在感も今では欠片も感じられなかった。
「さぁ、勇者よ、希望の光よ。ここから先は私が拒絶し、君達が命を賭して掴み取った真に平和な時代だ」
吐き捨てるように魔王が言い放つ。
「私は先に行かせてもらう。そんな時代など、私は…私は、まっぴらごめんだ」
消えていく。
多くの国を滅ぼし、多くの人の命を奪った闇の王が。
世界を恐怖と絶望で支配した最悪の魔王が。
そして、いびつながらも人を愛した一人の青年が消えていく。
朝日が差した。
闇の時代の終わりを告げるように。
光となって消えゆく寸前、確かに彼は笑っていた。
10/28/2024, 1:26:20 PM