烏有(Uyu)

Open App

「いまどうしてる?」
まるでつぶやきを引き出す青いメッセージのように、私は何度も君に問いかけている。
緑色のアプリ、君とのトーク画面。
トークの検索機能で「いま」「今」、「どうしてる」「どこ」などと検索をかけると、数スクロールじゃ足りないほどの結果が現れる。そしてその発信者は8割5分、私自身。
空っぽな笑いが漏れる。
いつからこんなに一方的になったのだろう。
ただ、答えはちゃんと返ってくる。何時間も放置されるとか、既読無視されるなんて経験は殆どない、と言うと、女友達に羨望の声をあげられたこともある。
「会社の人達と飲み!スケジュールアプリにも入れてるよ〜」
彼は愉快なスタンプとともにそう答えた。
私の指は、ショッキングピンクを基調としたカラフルなアプリに走っていた。
思考より先に指が動く。
彼の後ろ姿を映した円形の画像が、緑色に縁どられている。
7分前に、ビールと、ネクタイを緩めた同僚と思しき2人の男性の画像が投稿されていた。
時刻は23時になろうかというところだった。
こんなことが、ここ2ヶ月で5回ほどあった。
その5回とも、同僚との飲み会。
そして、彼の知らない事実。
写真に映る眼鏡の男性は、最近異動で彼と同じ部署になった、同い年の「ヤマキさん」であると同時に、私の幼馴染の「ソウちゃん」であることを。
ソウちゃんとは、中学まで同じ学校で、SNSは繋がっているものの、卒業後は同窓会や地元の集まりで数回顔を合わせたくらいの間柄だ。
しかし、ソウちゃんはかなりの下戸で、すぐに酔ってしまうのと、2年前に結婚した奥さんの門限が厳しいという理由から、飲み会を抜けるのが22時を回ることはほぼないと言っていた。
そして、彼のフォローしていないソウちゃんのアカウントは3分前に新たなストーリーを更新した。
家のソファ。猫。ハーゲンダッツ。
几帳面でマメで、いつも優しい彼が、丁寧な嘘をついていることに気づいたのはソウちゃんのおかげだった。
ソウちゃんが幼馴染であることは、機を窺ってびっくりさせてやろうという無邪気な気持ちから隠していたが、私が驚かされることになった。
何度か繰り返されたまやかし。
「君の今」が手に取るように分かって、安堵できるはずだったのに、いつのまにか「今」は「今」でなくなっているようだ。
「君の今」は本当はどこにあるの。
私も本当は気づいている。もう、私の今も未来も、君に預けるべきではないと。

3.君は今

2/26/2023, 11:13:30 AM