『八足は七七の諸国巡り』
教本の文字は滑り
先生の言葉も曖昧だった
駄目な人間なのは自分がよくわかってる
瞼が上手くあげられない言い訳を探していた
夢を見た
動けなくなったあの子は
若い頃のように尻尾を振り
足取りは軽く
澄んだ目をしていた
ほんの一瞬
口を引き結んだ
立ち止まって
見慣れた足元と歩きだして行った
また会いに来てね。
しなやかな黒艶の毛は赤茶けて、四足には白い靴下を履いていた。
硬くも柔らかい毛だった。
それも、夜が明けたら、骨だけを残して灰になる。
犬は言葉を話せないから、その毛を撫でて感じていた。
それももう、出来ないというのか。
燃やしたくはない。あの子が本当にいなくなるから。
それでも、この暑さでは彼の体は早く腐り落ちてしまうだろう。それは私も、彼も望まないことだ。だから、覚悟を決めなければならない。悲しいことだけど、残しておくにはリスクが大き過ぎる。
抜け毛の始末は大変だったし、萎えることもあった。でもいざそれが無くなると思うと、悲しく思う。
幸せだった?
子犬のときから一緒だったら、私がもっと成長してから君を迎え入れたら
わからない。
でも少なくとも、君は心の支えになってくれた。ボロボロになったとき、そばにいてくれたね。
何か返してあげられただろうか。
病院にも、最期にも立ち会えなかった後悔は一生残り続けるし、私の心はこれから何度でも折れて壊れてしまうだろう。
固く乾いた肉球を拭いてクリームを塗りこんだ
肉球を覆うほどの毛を不器用ながらも整えた
決して触らせてはくれなかった歯を磨いた
外す機会を失った首輪を抜き取った
未だに流れ続ける血、その口元を拭っては敷物を変えている
決して出来た飼い主じゃなかった
もう生き物を飼うことはできないけれど
いつかまた会いに来てね
ずっと昔、押し入れの向こうから覗いていたように
きっと今は亡き祖父と楽しく散歩をしているのかもしれない
辛くなる度にもう二度と会えない、死んでしまったという事実をつきつけられ
そちら側に行ってしまおうかと
それでも生きて前に進まねばいけない
遺される悲しみは知っているし、やるべきこともやりたいこともまだあるから
明日は雨
どうか君が感じていた痛みや苦しみをすべて流してくれますように
またね、ハル
お題
そっと包み込んで
5/23/2025, 11:15:10 AM