わをん

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『時を告げる』

城の舞踏会に突然現れた私はその場にいた全員の視線を一身に集めても少しもうろたえたりなんかしなかった。私を見つめた王子が息を呑む様子が見て取れる。私に歩み寄ってきた王子が緊張でかたどたどしく踊りを申し込んできたのを恥ずかしげに、けれど恭しく受けた私は王子と見つめ合い踊りながらも別のことを考えていた。
舞踏会に行くことを継母やその娘たちに許されなかった私は押し付けられた雑用に励みながらも、ふと手を止めたときには王族や貴族たちが揃うという舞踏会のことを思い、知らずお城の方へと視線を向けていた。その度に、私のようなみすぼらしい女が行っても誰も相手にはしないだろうとも思っていた。そこに突然現れた魔法使いは私を見違えるように変身させ、舞踏会へと私を送り込んでくれた。0時の鐘が鳴り終わると魔法は解けてしまうと忠告を残して。
誰にも相手をしてくれないだろうと思っていた私は確かにいた。だから今そんな思いが微塵もない私はほんとうに私なのだろうかと思えてくる。
「私が、」
私がほんとうはただのみすぼらしい女でも、また踊りを申し込んでくれますか?
そう尋ねようとしたときに0時を告げる鐘が鳴る。名前も告げず言葉を交わすことなく見つめ合うひとときを惜しみつつも私は王子の手を振り払い、その場を駆け出した。

9/7/2024, 5:54:25 AM