左様なら

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彼女の目が覚めるまでにできる事はまだある。それならばと、みっともなく足掻く事にした。
「みっともなく」。その形容詞だけで、僕がどれだけ追い詰められているかなんて、どうせこの独白を盗み聞いている諸兄らには察せられているのだろう。まあ、それで良いのだ。彼女だって、いずれのどこかで知ったって笑ってくれたら良い。
ビロードのドレスを洗おう。純白を取り戻したそれは、彼女の痩躯にこそ相応しい。
青い薔薇を1本添えよう。幸せを願うそれは、彼女の門出にこそ相応しい。
山ほどの苺を用意しよう。ケーキを彩るそれは、彼女の笑顔にこそ相応しい。
望んでた指輪を持ってこよう。サイズを直したそれは、彼女の薬指にも相応しい。
そうしてできるだけ整えた世界の中で、屈託なく笑う彼女を思い描く。幸せそうな彼女に思いを馳せる。たったそれだけで喜びが全身を包み込んで、まだ上を向いて歩んで行こうと思える。良きパートナーに巡り会えた彼女の明るい未来を、僕は僕の全てで祝福したいのだ。
「バージンロードは、一緒に歩けないけれど」
娘の目が覚めてまた歩き出せるのなら、僕は喜んで「足」を差し出そう。

8/3/2024, 9:37:42 PM