月森

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 私は小説家である。自分で言うのもなんだが、それなりに有名だ。ここまで登りつめるのに幾多の紆余曲折があり、年月もずいぶんと要した。だというのに、近頃現れた新人が、容易く私の隣に並び、その地位を危うくしたのだ。私には思いつきもしない奇抜な物語を書いてみせる。加えて彼は、己の作風を体現したかのような派手な装いを好んでいた。ああ、これが時代の流れか。私の書く物語は些か古臭い。私は若者についていけない。現代の風潮が肌に合わない。そろそろ筆の折り時かと思った。
 そんな時、私の作品に文句をつけているブログ記事がふと目に止まった。しかしながら、こんなことは日常茶飯事である。私はいつも通りスルーを決め込もうとしたのだが、書いた人物の名を見て思わずコメントをしていた。あの新人だった。私は彼よりずっと大人であるから、とても理性的に反論をしてやった。それに新人がまた反論し、私はそれに更に反論する。いつの間にか、文字で殴り合っていた。どうやら彼は、私の作品を細かに読み込んでいるらしい。そう思わせる指摘ばかりで、正直どの発言も反論に苦労した。

 いつしか、私たちの喧嘩はファンの間では有名になり、セットとして扱われることが増えた。まったく不名誉だ。私はあんな品のない作品は書かない。よくもここまで下品な内容を書けたものだ。その日、私は喧嘩の最後を「君は神を冒涜しすぎです。いつか天罰が下って、雷に撃たれて死にますよ」なんて言葉で締めくくった。私は無神論者だ。もちろん冗談である。
 その翌日のことだった。新人が落雷で落命したニュースがテレビから流れたのは。私を預言者だの神だのと騒ぎ立てる輩もいたが、馬鹿か。私がそんな大層なもののはずがなかろう。私はしがない作家なのだ。それしか取り柄のない、ただの老いぼれだ。


「先生、原稿の進捗はいかがですか?」
「ああ、もう少しで出来上がるよ」
 私は万年筆を原稿用紙に走らせ、ラストスパートをかける。そんな私の集中を乱そうとしているのか、はたまたこの程度で私の集中は途切れまいと信じているのか、編集は無遠慮に話しかけてくる。
「新人作家さんのこと、残念でしたね。先生とずいぶん仲が良かったのに」
「は?君の目は節穴かね?どこをどう見たらそう見えるんだ」
「だって、いつも雑誌で対談してたじゃないですか「あれは仕事だからに決まっているだろう!私は大人なんだ、仕事に私情は挟まんよ」
「そうですか。しかし、事故とはいえ、20代は若すぎますよ」
「ああ、そうだな。まるで流星のようにひどいやつだった。願いを唱える間も与えちゃくれない」
「そういえば、先生。前から気になってたんですが、ずいぶん変わった万年筆を使ってますね」
編集が、私の握っているやたら華美な万年筆を見た。
「ああ、これは貰い物だよ。頗る使いにくい。これでなければ、もっと早く原稿をあげられるというのに」
「なら、どうして使ってるんですか」
「…さて、どうしてだろうね」
 本棚に丁寧に並べられた本たちが、私をありもしない瞳で見つめている気がした。

 私は編集に出来上がった原稿を渡した。
「あとは新作の打ち合わせだったね、さっそく始めようか」
「いえ、先生」
「どうした?」
「困ったことに、私今日は傘を忘れてしまいまして」
「傘?」
「予報によると本日は“ところにより雨”です。今にも降り出しそうなので、大事な原稿を濡らしてしまう前に社に戻りますね。打ち合わせはまた後日」
「…そうか。では、気をつけて」
 編集がバタバタと階段を下りていく。まったく忙しない奴だ。私は全開になった窓から外を眺めた。雲ひとつない晴天が寂れた街を見下ろしている。抜けるような青を見上げた私の頬を、生ぬるい雨が伝った。








「あー、もしもし?次の作品のことなのだがね。死んだ作家が天国でも作家をしている話はどうだろう?」

3/25/2023, 8:36:48 AM