夢が醒める前に
それは、すぐに夢だと理解できた。
転校する前の学校から、友達とおしゃべりしながら下校する。
引っ越す前のお家に帰る。
帰ったら優しいお母さんがおかえりって笑ってくれて、ランドセルを置いて着替えて、友達と遊びに行く。
遊んで帰ってきたら、お父さんが居て、みんなで笑いながら美味しい夜ご飯を食べる。
沸かされていたお風呂に入って、長い髪を乾かして、暖かい布団で寝る。
夢。
これは、わたしが歩くはずだった時間の夢。
あの時ああならなければ、こうなっていたはずだった、わたしの道。
夢を夢だと理解出来た時、夢の中で自我を持って動けるようになる。明晰夢というやつだ。
動けるようになっていてもなお、しばらく呆然とそのあるはずのない時間を眺めていた。
そしてしばらくみて、ようやく動こうと思った。
気持ちの整理が着いた気がしたから。
足を、時間の方向に進めようとした瞬間、その時、
目が覚めた。
目にうつるのは天井。
さっきみていた家とは違う天井。
ああ、覚めてしまった。
せっかく良い夢を見れたのに、チャンスだったのに。
夢の中でさえわたしは、あいつらを殺せなかった。
こっちではヒステリックに怒鳴り散らして全部子供に押し付けて働きもせず旅行に行ったりして笑っている母親も、借金をして家を売り払って母親と一緒にわたしを残して逝った父親も、首を絞め殺そうとしてきた兄も、わたしが歩けなかった時間の中で幸せそうに笑っているわたしも。
こっちで何度殺してしまうかと思って、その度持ち直して生きてきた。
夢の中でくらい、気兼ねなく殺してしまえていれば、少しは楽になったのかもしれなかったのに。
夢を夢だと理解した。その瞬間。
直ぐに思った。殺してしまおうと思った。
右手には包丁が握られていた。あとは前に進んで、それを振り下ろすだけだった。
それなのにわたしは、しばらく動けなかった。
殺せなかった。
こっちでは心の底から憎み、たしかに憎悪しているはずなのに。
あのあたたかい時間を壊せなかった。
壊したって何も変わらないのも分かっていたから。
こっちの時間の中で、死ぬ勇気すらないわたしはただ進み続けないといけないんだって、改めて絶望したから。
わたしはただ、こっちの時間を歩いていくよ。
夢から醒める前に。
3/21/2026, 2:44:33 AM